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中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。



Politics Web

202237

ウクライナ:南アは平和の側にしっかりと立つ

Ukraine: SA firmly on the side of peace


シリル・ラマポーザ大統領が大統領執務室からお話します。
大統領は、「ロシアの侵略を非難する投票を控える」という政府の決定を確信しています。
ウクライナの紛争解決は、強固でかつ持続的なものでなければなりません。





親愛なる南アフリカの友よ

国と国、そして国内での紛争が銃口で解決される世界にいると、「両者の違いは交渉、対話、妥協によって一番うまく解決される」という見方は、あまりにも楽天的に見えるかもしれません。
それでも、交渉を通じて和解し、和解を通じて民主主義を達成した国として、私たちは確信しています。
「武力ではなく交渉を通じて、平和を達成することは間違いなく可能だ!」ということです。
これは、20世紀の末に民主主義が到来して以来、一貫してきた原則です。そしていまも外交政策の方向性をきめるうえでの重要なポイントです。


国連総会でウクライナ決議に棄権した理由

南アフリカは先週の国連総会で、ロシアとそウクライナとの「紛争」に関する投票を棄権しました。理由は、その決議が意味のある関与の仕方を前提としたものではなく、有効な呼びかけではなかったからです。

先週の国連で決議が可決される前でさえ、すでにロシアとウクライナの当局者の間の協議は始まっていました。
南アフリカは、国連決議がこれらの当事者間対話を何よりも歓迎し、「協議が成功するための条件」を作り出すために、国連が努力するよう期待しました。
しかし政治的対話による平和的解決の呼びかけは、最終テキストの結論に近い一文に追いやられています。
この決議は、当事者が対話の努力を継続すべきだという励ましと、国際的な支持を提供するものではありません。
平和的な交渉を求めることは、国連が設立された価値観と一致しています。

私たちは、国連安全保障理事会が平和と安全を維持する責任を果たすことができなかったことを特に懸念しています。21世紀の課題に対応するためには安全保障理事会の改革が必要です。今回の事態は、長年の安保理改革の呼びかけに弾みをつけるものとなっています。

国連憲章は、第一に平和的手段によって紛争を解決するよう加盟国に命じており、紛争の当事者は、まず交渉・調査・調停・仲裁などのメカニズムによって解決策を模索すべきであると明確に述べています。ロシア・ウクライナ間の紛争が勃発して以来、つねに南アフリカの立場はこの呼びかけを確認することでした。

ウクライナでのロシアの軍事作戦を非難する投票を棄権することで、「南アフリカは歴史の間違った側に身を置いた」と言う人もいます。それでも、南アフリカは、世界がもはや戦争を必要とせず、その余裕もない今という時代、しっかりと平和の側に立っているのです。

これらの敵対行為の結果は、今後何年にもわたって世界中に、負の記憶として残るでしょう。敵意の停止は確かに武力や経済的圧力によって達成されるかもしれませんが、それが揺るぎなく永続的な平和につながる可能性は低いでしょう。


大事なのは柔軟かつ強固で持続可能な合意

ロシアとウクライナの間の歴史的な緊張は、仲介されるいかなる協定も長期的に持続可能であり、紛争の両当事者の懸念に対処することをさらに重要にしています。

ロシアとウクライナの間には歴史的な緊張関係があります。このためどのような合意であれ、長期的に持続可能で、紛争当事者双方の懸念に対応できる柔軟さがもとめられます。

私たち自身にはアパルトヘイトを終わらせた経験と、その後アフリカ大陸の様々な紛争を仲介してきた経験があります。その結果私たちは、自分の果たすべき役割について多くの経験を積み重ねてきました。

アパルトヘイトを廃止させた運動の教訓

教訓の1つ目は、一見手に負えないほどの食い違いでさえ、交渉のテーブルに着けば解決できるということです。2つ目の教訓は、たとえ交渉が決裂したとしても、いつかは交渉を再開することができるということです。私たち自身の交渉プロセスがそうでした。そして、当事者が顔を突き合わせて話すことができないように見えても、いつか突破口は起こり得るということです、私たちがそうでした。

私たちが交渉と対話を引き続き支持し、呼びかけることは、人権への関与を軽んじるものではありません。
紛争の勃発以来、私たちは、戦争は紛争の解決策ではないと信じてきました。戦争は民間人に対して深い影響を与えます。私たちが一貫して懸念を表明し続けてきた理由は、戦争が人間の深い苦しみにつながると信じているからです。

私たち南アフリカ国民は、南アフリカの人たちだけではなく、パレスチナ、西サハラ、アフガニスタン、シリア、そしてアフリカ大陸や世界中の人々の人権と基本的自由を推進することに尽力しています。
そしてロシアとウクライナが真剣な交渉を交わし、紛争の終結への道を切り開くために、前向きな議論を積み重ねるように望んでいます。


交渉には粘り強さが必要だ

事態の緊急性に比べると、交渉のペースは遅いかもしれませんが、それでも進展は着実にあります。国際社会のあらゆる努力は、これらの協議を支援し、両者を共通の願いに結びつけることに向けられるべきです。

先週、アントニオ・グテーレス国連事務総長は、「敵対行為の即時停止と平和のための緊急交渉に貢献するために全力を尽くす」と語りました。私たち南アフリカの国民はこの言葉に大いに勇気づけられています。

私たちはロシアとウクライナに、紛争を調停にかけるようもとめます。そして敵対行為の停止につながる合意に達するために全力を尽くすよう求めます。これは国民の総意です。

ロシアとウクライナの人々–歴史、人々、そして財産が密接に結びついている2つの隣人–は、永続的で持続可能で永続的な平和に値します。

ロシアとウクライナの人々は、お互いが密接な歴史、民族、文化遺産を持つ隣人同士です。両者の関係は伝統を持ち交流を重ねた永続的な平和に値するものです。
敬意を以て

シリル・ラマポーザ
2022年3月7日

赤旗を読んでいて、ヨーロッパの反ロシア・デモにおける環境団体の発言が気になった。
「化石燃料資本主義がウクライナ攻撃をもたらした」というのだ。
風が吹けば桶屋が儲かる式の理屈で、たしかにそうも言えるかと思うが、別に化石燃料と言わずとも、資本主義そのものがもたらしたという方が未だ分かる。
NATOも、もともとは第二次大戦後の冷戦体制に基づいているわけで、あまり化石燃料に関係しているとは思えない。
私はむしろ、「性急で過激な化石燃料排斥」が事態を重大化させたのではないかと考える。

1.西ヨーロッパは急速な脱炭素を唱えたが、その裏づけはロシアのLNGであり、それをロシア側に見透かされた。
2.アメリカはヨーロッパのアキレス腱を熟知し、ロシアとの対決方針に変更するよう迫った。
3.ロシアはSWIFTを実施しても、ロシアのLNGに頼らざるを得ないドイツなどが全面実施に踏み込めず、実効性はないだろうと踏んだ。

前にも書いたが、エネルギー安保の問題は、脱炭素のロードマップを描く上で欠くことのできない変数だ。これが入らない方程式には根本的な欠陥がある。それが原発復活という逆向きの変更を生み出したのだ。

とりあえずそういうことで。




ICANのサイトより

いまや行動する時だ!
ロシアの核脅迫についての共同声明
ノーベル平和賞受賞者ドミトリー・ムラトフとICAN

https://www.icanw.org/dmitry_muratov_beatrice_fihn_ican_joint_statement


ICANは昨年のノーベル平和賞受賞者、ドミトリー・ムラトフと共同声明を発表します。

いまプーチンの核への無謀な行動と言動は、切迫した脅威を引き起こしています。この声明はプーチンの言動を非難するとともに、ロシアに核兵器禁止条約(TPNW)に参加するよう呼びかけています。

この声明は、3月1日にNovayaGazette(ムラトフが発行する新聞)で初公開されました。

…………………………………………………………………………………………………………

1.プーチンと核戦争の危機

いまや核をめぐる緊張はもっとも危険な水準にまで高まっています。

ウラジーミル・プーチンは、核攻撃を開始するぞと脅迫し、「攻撃・防御における核兵器動員警報」をソ連解体以来の最高レベルに引き上げました。

彼はもうひとりの独裁者、ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコと、ウクライナを攻撃することで合意しました。

それは国連憲章を含む国際法に違反した決定です。そしてそれは、ベラルーシがロシアの核兵器を共同保有する道を開く決定でもあります。


2.核兵器使用の脅威という未体験の危機

2017年と2021年のノーベル平和賞の受賞者である私たちは、世界の平和と安全に対する未体験のリスクについて警告します。

それは核兵器使用の脅威であり、プーチンの無謀な行動と言動によって引き起こされたものです。


3.人間は核戦争には耐えられない

今日、世界には地球を何度も破壊するほど強力な恐ろしい力が存在します。それは13,000発の核兵器です。

人類の運命は、それらの核兵器を管理する数人の指導者の理性(rationality)にかかっています。

たった1つの核兵器の使用が、数十万の人間を殺害し、何世代にもわたって残留する放射線で地球環境を汚染する可能性があります。

このカタストロフィに対して、人間には適応できるような身体反応は存在しません。

そのような人類絶滅の危機を避けるため、世界の多くの国が核兵器禁止条約(TPNW)を採択しました。

その実現のために払った努力により、ICANは2017年にノーベル平和賞を受賞しました。


4.ロシアがとるべき緊急措置

ロシアの最近の核関連行動はあきらかにエスカレートしています。核戦争の脅威はキューバのミサイル危機以来のどの事態よりも危険なレベルに達しています。

ロシアは状況を改善させ、緊張を和らげるために緊急の措置を講じなければなりません。

具体的には、次のような措置です。

*核戦力による警戒体制のレベルを上げた2月27日の命令を撤回する。

*ウクライナから撤退し、国連憲章を遵守する立場に戻る。

*ヨーロッパに核兵器を決して配備しないと約束する。

*保有する核兵器を廃棄する。

ロシア中、ヨーロッパ中、そして世界中の人々が街頭に出て、この違法で不当な戦争が終結するよう要求しています。

そして、彼らの声が、未来について交わされるであろう対話の一部となるように求めています。

核兵器は、その対話が始まるのを妨げます。核兵器は人々の声を妨げ、人々の民主的な意志形成を妨げます。

そして彼ら自身の将来に対する判断が反映されるのを妨げます。


5.戦争よりも平和を選び、狂気よりも理性を選ぶ

世界は、私たち全員を滅ぼす力を持った一握りの世界の指導者の良識を頼りに息を潜め続けることはできません。

すべての大量破壊兵器を排除しなければなりません。 我々は、すべての政府が躊躇なくTPNWに参加することを要請します。

私たちは彼らに、「戦争よりも平和を選び、狂気よりも理性を選ぶ」ように促します。

  私たちは、世界中の民主主義と言論の自由を支持するよう彼らに促します。 今こそ行動する時です。

さもないと、私たちは次の核危機を乗り切ることができないかもしれません。

Dmitry Muratov (2021 Nobel Peace Prize)
and
Beatrice Fihn on behalf of the International Campaign to Abolish Nuclear Weapons (2017 Nobel Peace Prize)

日本AALA機関紙(2022年3月)への寄稿

ニカラグアに魅せられて
私が
AALAに参加したのは、1984年のサンディニスタ勝利5周年記念集会からです。あの頃、1ドル280円でした。

非常に感激して帰ってきて、一気に「自由か死か ニカラグア」という本を書き上げました。北海道では結構売れて、2千部くらい売ったと思います。

そのあと北海道AALAのメンバーとして活動し、ニカラグアキャンペーンに集中しました。ニカラグア在住邦人のMMさんからサンディニスタの機関紙を送ってもらい7,8年は読み続けました。途中から英語版はなくなり、最後は93年ころにExpireしました。

インターネットとの出会い

ウィンドウズ95が出て、インターネットができるようになると宝の山を見つけました。それがアメリカ国会図書館の各国史のサイトと、テキサス大学のLA研究所です。

ラテンアメリカ各国史はすべて読破し年表に取り入れました。テキサス大学のサイトでは、61年11月はじめにキューバを訪れたミコヤンとゲバラらの秘密会談の会議録まで読むことができました。「キューバ革命史」に書き込んであります。

病院の地下室に62~65頃の「アカハタ」縮刷版が積んであり、仕事の合間を見ては潜り込んで、国際面からラテンアメリカ関連報道を抜き出していました。その頃は意外とタス通信の転載記事があって、ベネズエラやコロンビアのゲリラ活動の足跡はかなり掴んでいました。

ラテンアメリカ各国の革命史年表

本の巻末につけた年表はその後膨大に膨れ上がり、ラテンアメリカの年表として私のホームページに収載されています。「ラテンアメリカの政治」でググってください。

かつては学生のレポート用に活用され、担当教官から「あのサイトからの引用はするな」と警戒されたことがありましたが、いまはグーグルの分厚いヘドロの底に沈んで、まったくヒットしません。

暗闇のサンチアゴで聴いたマタモロ
その後も行きたい気持ちはやまやまながら、ついラテンアメリカと縁遠く過ごしてきました。キューバに95年に行ったのが最後となり、ずっとご無沙汰しています。

あのときは灯火もなく真っ暗なサンチアゴの民謡酒場で、観光客(ということは私たち)のために灯された明かりに多くの人が窓辺に群がって、ソン・デ・マタモロの歌声に聞き入ったことを思い出します。

たしかあれは2月24日、グリート・デ・ヤラ(キューバの独立記念日)100周年の前の晩でした。

 

 

https://peoplesworld.org/article/communist-party-ukraine-statement/

米国共産党の声明:
ウクライナの戦争をやめよ、ロシアへの戦争はするな、
戦争という時代はいらない!
‘No war on Ukraine, No war on Russia, No war period!’

February 25, 2022 
アメリカ共産党(CPUSA)


CPUSA は、米国国民に対し呼びかける。
バイデン政権に直ちに軌道修正をもとめよう。
戦争は決して受け入れられる解決策ではない。それは最も強い言葉で拒否されなければならない。
我々は、ロシアに対して軍隊の撤退を要求する。すべての制裁が終了され、国境が保証され、遵守されなければならない。

CPUSA全国委員会が最近警告したように、ここ数週間のおたがいの鞘当て、制裁、罵り合い(selling of “wolf tickets”)が、公然たる戦争へと波及した。
今回のウクライナへの侵攻は、破滅的な結果をもたらす恐れがある。

まず疑いの余地がない事実がある。
アメリカ帝国主義とNATOが長年にわたり、ウクライナを軍事同盟に参加させようと試みてきた。そのことが両者の緊張を高めているということだ。
最近では、冷戦の脅しと結びつけて軍事物資が提供されるようになり、それが危機を深刻化させる背景となっている。

ウクライナがNATOの外側に留まらない限り、永続的な平和はあり得ない。

ロシアの支配層には自らの描く国家像があり、NATOの進出は事態を悪化させるだけである。

今回の危機は長い時間をかけて醸成されて来たものだ。その歴史的背景は、第二次世界大戦の終結と冷戦の開始、そしてNATOの結成に遡る。

しかし、今日の世界を揺るがしている紛争の根源は、ロシアの西側国境におけるNATO・米軍の基地、軍事力、ミサイルの存在である。そしてそれが増強され、ますますロシアを脅やかしているという点である。

過去10年のあいだに、リトアニア、ポーランド、ラトビア、ルーマニア、エストニアなどの旧東側諸国は、NATO軍に軍事基地を提供し、常時戦闘態勢を構築してきた。
これは、冷戦終結時にNATOが東方へ拡大しないことを約束したことに完全に違反している。

NATOはソ連崩壊時のポーランド、ハンガリー、チェコに加え、2004年までに7カ国を追加している。
かつては12カ国だったNATOの加盟国は、現在28カ国に増えている。そしてさらに、ボスニア・ヘルツェゴビナ、グルジア、ウクライナを将来の加盟国として視野にいれている。


ウクライナ在留ロシア人の権利も考慮されるべき

今回の危機でもう一つ考慮すべきは、ウクライナのルガンスクとドネツクの地域に住む400万人のロシア人の運命である。
彼らの自治権に関して2014年に成立した合意は、ウクライナ政府によって一度も実行されたことがない。

2014年、ウクライナでは米国の支援によるクーデターが行われ、選挙で選ばれたヤヌコヴィッチ政権が打倒された。そのときルガンスクとドネツクのロシア系住民はクーデターに反対した。

ロシア人分離主義者は、ネオナチの組織である「ウクライナ民族主義者-バンデラ派」の軍事分遣隊である「アゾフ大隊」に攻撃され、殺害された。犠牲者は14,000人とする情報もある。
バイデン政権とメディアは、このような背景を語ろうとはしない。


アメリカは戦争の炎をあおってはならない

わが国は深刻な政治的、社会的危機に直面している。そんなときに戦争の炎をあおることは事態を悪化させるだけである。
トランプ前大統領は逆に、ラジオ番組で、ロシア軍の派兵を「最強の平和維持軍になる」と称賛した。それは米国がメキシコに侵攻することを暗示している。

気候変動、医療の欠如、低賃金労働、労働者階級に挑戦する制度的人種差別などの深刻な問題は、米国が大規模な軍事力や兵器の開発、NATO軍の維持に毎年何十億も費やしていることだ。

数十億を軍事予算に充てることは可能なのに、その一方で「国土復興法」(Build Back Better)はコストがかかりすぎると言われる。

私たちCPUSAのメンバーは、世界中の平和勢力とともに、明確に要求する。
NATOの拡大も、軍隊の配備も、ウクライナへの戦争も、ロシアへの戦争も、戦争時代の到来も禁止だ!
地球の未来は、それにかかっている。

 
2022年2月25日
CPIM政治局声明「ウクライナ: 優先すべきは平和」
https://cpim.org/pressbriefs/ukraine-peace-priority



1 インド共産党(マルクス主義者)は、ロシア・ウクライナ間の武力紛争に深刻な懸念を表明する。
ロシアがウクライナに対して軍事行動をとったのは残念なことだ。武力による敵対行為を直ちに停止し、平和を確立する必要がある。

2 ソビエト連邦の解散後、ロシアに生存の保証が与えられた。
しかしそれに反して、米国が主導するNATOは、着実に東方に勢力を拡大している。
その流れの中で、ウクライナをNATOに加盟させようとする努力は、ロシアの安全を直接脅かすことになる。
現在では東欧との国境にNATO軍が布陣し、ミサイルが配備され、ロシアを脅かしている。
ロシアは我が身の安全を懸念している。そして、ウクライナがNATOに加盟しないことをもとめている。その要求は正当である。

3 ロシアは自国の安全保障のためにウクライナのNATO非加入をもとめたが、米国とNATOはこれを拒否した。それだけでなく、米国はウクライナへの軍の派遣を目論んだ。このような米国の好戦的態度は、さらに緊張を強めた。
今後、ウクライナおよび隣接する地域に平和をもたらすためには、東部のドンバス地域のロシア人社会をふくむすべての人の懸念に対し、真剣に対処する必要がある。
両者はただちに交渉を再開し、それ以前に合意した立場に復帰し、それらの合意を遵守する必要がある。

* インド共産党(マルクス主義者)はインド政府に対し、ウクライナで立ち往生している数千人のインド市民・学生の安全を確保するための措置を直ちに講じるよう要請する。

……………………………………………………

2の条項はインドにとっては常識かもしれないが、日本人にはわかりにいと思います。

NATOというのは米国と西欧諸国が第二次大戦後に結んだ北大西洋条約に基づく軍事同盟です。
その目的はソ連・東欧の社会主義国と対峙し、西欧諸国(もっと言えば資本主義体制)を守ることです。
そのために独自の軍事力を持ち、独自の軍事行動(もっと言えば米国の意に沿った行動)をとることができます。
本来の目的からすれば、ソ連・東欧諸国の崩壊を以て存在意義は消失し、国連憲章上の根拠(集団安保)も消滅しました。
しかし今では資本主義国となって、敵でもなんでもなくなったロシアを、事実上の仮想敵国に仕立て上げています。ロシアから見れば「それって、話違うじゃん」ということになります。冷静かつ客観的に見れば、これは国際ルールを無視したいじめに過ぎません。

NATO 日米安保 リオ条約 は戦後の三大軍事同盟であり、非同盟運動が真正面から向き合わなければならないシステムです。

インド共産党(M)の主張は、個別のウクライナ問題ではなく、こういう軍事同盟で世界を支配するというシステムがいかがなものかという問題提起を含んでいるのです。(編集部)

2022年2月24日
ロシアはウクライナから直ちに軍を撤退させるべき
南アフリカ共和国外務省
クレイソン・モニーラ| 


南アフリカ共和国は、ウクライナにおける紛争の激化に落胆している。
外交の優勢を求める声にもかかわらず、状況が悪化していることを遺憾に思う。

武力紛争は間違いなく人間の苦痛と破壊をもたらす。その影響はウクライナだけでなく、世界中に波及する。どの国もこの紛争の影響を免れることはできない。

非常に多くの発展途上国がCOVIDの大流行から脱しつつあり、ほとんどの発展途上国はいま、回復のための時間的余裕を必要としている。

国連事務総長が指摘したように、この紛争は私たちの世界の経済に大きな影響を与えることになる。

南アフリカはロシアに対し要求する。
国連憲章は国際平和と安全、および正義が損なわれないように、平和的手段により国際紛争を解決することをすべての加盟国に義務づけている。
この国連憲章の精神に基づいて、ウクライナから軍を直ちに撤退させるよう要請する。

南アフリカは、国家の主権と領土の一体性の尊重することが何よりも大事だと考えている。
南アフリカは異なる勢力の話し合いによって成立した国家だ。だから南アフリカは、危機を回避し紛争を緩和するために対話がだいじだと信じている。そして対話が持つ偉大な可能性を常に信じている。

紛争の平和的解決に対する我々の経験に基づき、南アフリカは、すべての当事者が一層の努力を払うようもとめる。そして紛争のさらなるエスカレーションを回避するために、解決策を見出すよう要請する。

紛争が勃発してしまってからでも遅くはない。
外交の扉は決して閉ざされてはならない。
この際、すべての当事者が国際法を尊重し、妥協の精神で事態に臨むことを強く求める。
紛争の激化に鑑み、我々はすべての当事者に対し、ロシアが表明した懸念に対する解決策を見出すための外交努力を再開するよう求める。
南アフリカはさらに、すべての当事者が人権を維持・保護し、国際法および国際人道法の義務を遵守することを求める。

南アフリカは、ミンスク合意などの地域的イニシアティブを引き続き支持、奨励する。ノルマンディー・フォーマット、日中韓コンタクトグループ、欧州安全保障協力機構(OSCE)の活動を歓迎する。

南アフリカは、国連安全保障理事会に対し、平和を探求する諸活動において主導的役割を果たすことを要請する。なぜなら、安全保障理事会は、依然として国際平和と安全の維持のための主要な役割を担っているからだ。
我々はまた、国連事務総長ら事務局機構も、この紛争の永続的な解決のために積極的な貢献ができると信じている。

在キエフ南アフリカ共和国大使館は、事態の推移を注意深く見守るとともに、ウクライナにいる南アフリカ国民を支援する。



愚かなゼレンスキーよ。
お前には国のトップを担う資格はない。
闘う正義がウクライナにあろうとも、
だからといって、
国民に竹槍突撃を命令して良いわけがない。
それは闘争の「シリア化」だ。

闘いは長い道のりになるだろう。
それに耐えることが真の勇気だ。
耐えて最後に勝つ道を見出す賢者の勇気が必要だ。

耐えられないのなら、お前から真っ先切って突っ込め、
そして「バンザイ攻撃」が無意味であることを
身を以って国民に示せ。




2月23日 デモクラシー・ナウ
アイラ・ヘルファンドとのインタビュー


アイラ・ヘルファンドはIPPNWの前会長で、核兵器廃絶国際キャンペーンの国際運営委員。
最近“TheNation”に「ウクライナと核戦争の脅威」が掲載された。

インタビュアー(エイミー・ グッドマン)のイントロダクション: 

プーチン大統領がウクライナ東部の2つの分離地域の独立を承認した。バイデンはこれを「ロシアのウクライナ侵攻の始まり」と非難した。
ウクライナ東部の紛争では、過去8年間に14,000人が死亡した。今回、プーチンは、分離主義者が支配する地域に「平和維持」軍を派遣すると語った。
国連のグテーレス事務総長は、こう語った。
「ある国の軍隊が同意なしに別の国の領土に入るとき、彼らは平和維持軍ではありません」
ロシアの発表を受けたウクライナは、非常事態を宣言した。
米国は、800人の米軍兵士を搭載した8機のF-35戦闘機と20機のアパッチ攻撃ヘリをバルト海に派遣すると決めた。別のアパッチ攻撃ヘリ12機がポーランドに向かった。

戦争の可能性が高まるにつれ、ひとつの重要問題、「ウクライナをめぐる紛争は核戦争につながる可能性があるのだろうか」が浮かび上がってくる。
それはあメディアではめったに議論されないものだ。

…………………………………………………………………………………………………………


Q: 今、何が危機にひんしているのだろうか?

ヘルファンド:

問題は多岐にわたります。重要なことは通常戦争がうまくいかない場合に、核兵器を使うオプションが机上に乗っていることです。核兵器が使用される可能性は排除されていません。

核が使用されたときの効果は壊滅的です。
100キロトンの原爆1つでもクレムリン上で爆発すれば25万人が死亡します。ワシントンの国会議事堂上で爆発すれば、10~17万人が死亡します。
これが核兵器となれば状況は壊滅的です。ロシアが持つ1,500の核弾頭のうち、300発が米国で爆発した場合、最初の30分で1億人が亡くなるでしょう。
国家と社会を維持するためのものはすべてなくなってしまうでしょう。これらは単なる直接的な効果です。
その後、世界的な気候災害になるでしょう。
1億5,000万トンのチリが大気に放出され、太陽を遮り、地球全体の気温を18度下げます。それは最終氷河期以来のものとなるでしょう。
生態系は崩壊し、食糧生産は停止し、人類の大多数は餓死するでしょう。
これが私たちが直面していることです。そして、核兵器の存在を許す限り私たちが直面し続ける危険です。

Q: そのような事態が現実となる可能性はどの程度のものか。

ヘルファンド:

可能性は至るところにあります。
ロシアには1,500の戦略弾頭、2,000の戦術弾頭があります。米国には1,500の戦略弾頭があり、ヨーロッパに100発の戦術弾頭が配置されています。その他英国には120発、フランスには280発の核弾頭が配備されています。
これらのどれもが核戦争を引き起こす可能性を持っています。

戦争が始まると「戦場の霧」と呼ばれるものが発生します。戦争前の計画はそれぞれ無関係になり、人々も軍隊も接触を失います。その結果、予期しないことが起こります。

バイデン大統領は、米国がウクライナに派兵する予定はないと述べていますが、絶対確実であるという保証はありえません。

イラクでは大量破壊兵器はなかったのに戦闘が開始されました。米国が紛争前に描いた戦争計画とはまったく違った経過となったのです。


Q: プーチン発言の真意

問題は「不確実性」の一般的な議論にはとどまらない。2月8日にプーチン大統領は、ウクライナがNATOに加盟すれば、核戦争の可能性が高くなると警告した。これは確実な事実ではないか?

ヘルファンド:

彼の言明は微妙なものです。
…I want to stress this one more time. I’ve been saying it, but I very much want you to finally hear me and deliver it to your audiences in print, TV and online.
 Do you realize that if Ukraine joins NATO and decides to take Crimea back through military means, the European countries will automatically get drawn into a military conflict with Russia?
 Of course, NATO’s united potential and that of Russia are incomparable. 
We understand that.
 But we also understand that Russia is one of the world’s leading nuclear powers and is superior to many of those countries in terms of the number of modern nuclear force components.
 There will be no winners.

わたしは、この言明の鍵となるのは「勝者はいないだろう」ということだろうと思います。

双方が核の優位を巡って鞘当てするのは今に始まったことではありません。NATOとロシアはその境界線上で核保有軍の演習を繰り返しています。そして、核戦力を強化するために莫大な金額を費やしています。

これは率直に言って非常識です。私達が核の時代を生き抜いてこれたのは、幸運だったという理由だけです。そして各国の現在の政策も、本質的に幸運の継続への希望にのみ依拠しています。


Q: 原発攻撃ないし原発事故の危険

もう一つの核の脅威が原発への攻撃ないし誘発事故だ。
ウクライナのエネルギーはかなりの部分が原子力発電所によるものだ。1986年にメルトダウンが発生したチェルノブイリもウクライナだ。

ウクライナは合計15基の原子炉を備えた4つの原子力発電所を運営している。それらはすべて、チェルノブイリ4号機よりもはるかに古いものだ。
これについての考えを聞かせてほしい。

ヘルファンド:

原発を破壊するのには、戦闘で直接ヒットする必要はありません。福島で起こったように、電気が失われると、冷却障害とメルトダウンが発生します。

原子炉というものは、本質的に、私たちが作成して運用し、敵が爆発テロのために利用できる「潜在的な大量破壊兵器」です。

ウクライナは、電力の50%をこれらの原子炉に依存しています。このために非常に困難な状況にあります。これらの原子炉は、紛争が広がると非常に脆弱になります。

いずれか1つでメルトダウンが発生すれば、直接的な放射線被爆、放射性物質で汚染された広大な地域、多くの被曝者、多くの死者、多くの癌患者が発生するでしょう。


Q: 最後に、核兵器廃絶の課題との関連についてご意見を

ヘルファンド:

私はバイデン政権に特に批判的であるというわけではありません。これは核兵器を持っているすべての政府の問題だと思います。

私たちはこれまでずっと、世界の指導者たちが核兵器の危険性に無知であることにショックを受けてきました。彼らの多くは、核兵器によって引き起こされる損害について無頓着です。

核そのものの危険性だけでなく、この無知と無頓着がもたらす危険性について指摘することは重要です。この点について指導者や一般市民を教育することは、特に医師の運動の重要な一部だと私は思います。

私たちが理解する必要があるのは、核兵器が私たちの安全に対する最大の脅威であるということです。

人間社会の一員としての私たちは、これらの兵器をできるだけ早く排除することを要求します。

私たちの運は永遠に続くことはありません。私たちがそれらを取り除けなければ、遅かれ早かれ、これらの武器が使われるでしょう。
それを理解し、その理解に基づいて行動を起こさなければなりません。

「緑の免罪符」とオーストリア

COP26と「緑の免罪符」

EUは今年1月から、「緑の免罪符」(グリーン・ラベル)を発行しようとしている。
さまざまな経済活動のうち、一定の環境基準を満たし「グリーン」と見なせるものを分類し、「持続可能な金融」という名の資金を呼び込もうとするものだ。

「免罪符」のリストには原発と天然ガスも含まれている。原発大国フランスなどの主張を考慮したためである。

去年11月、マクロン大統領はCOP26のさなかに演説し、「脱炭素社会の実現には原発が欠かせない」と訴えた。この一種のブラック・ユーモアには、原発を推進したいフィンランドやチェコなど10カ国が賛成に回っている。
すでにEUを離脱した議長国イギリスのジョンソン首相も、「脱炭素のために原発が必要だ」と主張している。

これを受けた欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は「緑の免罪符」の発行を検討すると発表した。


オーストリアが断固反対の立場を明確に

これには少なからぬ関係者が反対した。中でもオーストリアとルクセンブルクは、EU司法裁判所に提訴すると訴えた。


オーストリアのレオノーレ・ゲウェスラー(Gewessler)環境相は記者会見で次のように述べた。
原発は気候保護にはいささかも貢献しない。それは未来を危険にさらすだけだ。原子力エネルギーは持続可能ではなく、脱炭素のつなぎ役にもならず、かつ、あまりにも高コストだ。

原子力自体の危険性は、すでに十分に立証されている。それは安全上の懸念と核廃棄物の処理方法の未確立という2つの致命的欠陥を背負っている。

「緑の免罪符」は原子力と化石燃料の交換というイカサマ塗装計画(green-washing)にほかならない。我々はすべての法的措置を準備し、「緑の免罪符」が発効すれば直ちに、欧州司法裁判所に提訴するつもりだ。
他の国がすべて「緑の免罪符」に賛成かと言うとそうでもない。かなり賛否は分かれている。

まず賛成国を挙げる。筆頭は発電の約7割を原発に頼るフランスだ。さらにフィンランドやチェコなども賛成に回っている。これら12カ国は原発のグリーン認定を要求している。

一方で安全性や放射性廃棄物の問題から原発の持続可能性への疑念を持つ国もある。

メルケル政権のもとで原発離脱を決めたドイツなど5カ国は「反核同盟」を結成した。オーストリア、ルクセンブルクをふくむそれらの国は、「原発のグリーン認定は、脱炭素に向かおうとする欧州への信頼性や有用性を損なう」と反対している。

最大の反対国ドイツは、脱原発の方向を定め脱石炭を進めている。一方、CO2削減の当面の手段として炭素排出量の少ない天然ガスの積極的活用を訴えている。

いまのところ、ショルツ首相はフランスに配慮し、「反対だが対決はしない」態度をとっている。しかし連立与党から入閣したシュルツェ環境大臣は、「原発を持続可能だと分類するのは間違いだ。危険過ぎ、遅過ぎ、高すぎる」と批判している。


原発に依存しない脱炭素のロードマップ

ゲヴェスラーは、法廷闘争となればドイツとスペインが支援に回るだろうと語った。
ドイツなど五か国の支援も当てにできる。スペインの立場は非常に明確だ。スペインは原子力エネルギーにも化石ガスにも免罪符は与えられないと考えている。
原発については安静か反対かを問わず旗幟は明確だ。しかしLNGへの「緑のお墨付き」付与についての見解は今ひとつ明確ではない。

ゲヴェスラーの態度は明確だ。
石炭よりはマシだからという理由で、それが良いものや持続可能なものに変身するわけではない。それはまだ化石エネルギーです。
我々が「イカサマ塗装計画」の片棒を担ぐ必要はない。LNGはLNGとして別の扱いをすべきなのも間違いない。
今後この問題での意思統一も一つの焦点になるだろう。


…………………………………………………………………………………………………………

1.EU内には13カ国に100基余りの原発がある。90年代の33%前後から減少傾向にある。しかし19年時点でも発電量全体の26%を原発由来の電力が占めている。

2.国際原子力機関(IAEA)の所在地オーストリアは、脱原発の国でもある。オーストリアはこれまで40年以上、原発の利用を禁じてきた。
オーストリアは1970年代まで原発推進国だった。1976年には最初の原発が完成したが、稼働することはなかった。1978年の国民投票で原発稼働の是非が問われ、原発反対派が予想外の勝利を収めたからである。
この決意は、その後のスリーマイル、チェルノブイリを経て強固なものとなり、1999年に国会が「原子力のないオーストリア」宣言を議決した。


弥生時代をもたらした朝鮮南部文化 その2
李昌煕 「紀元前1千年紀の韓日関係」 より


2.紀元前10世紀~紀元前後の朝鮮南部と西日本

前述の土器変遷を基礎にして、両者の関係史を総括する。

水田耕作の開始

半島南部ではすでに紀元前11世紀に水田稲作が行われていた(蔚山の玉硯遺跡)
西日本でも、最古の水田跡は紀元前10世紀にさかのぼる。

紀元前10世紀~前5世紀(弥生時代早期~前期後半)

稲作文化複合体が日本列島に拡散する。その背景には大規模な稲作民の大規模な集団移動があった。

紀元前4~紀元前3世紀(弥生前期末~中期前半)

重要なポイントは、粘土帯土器文化は弥生文化とは明らかに異質だということである。(ということは第一次渡来民とは明らかに異なる文化だということ)

したがって、粘土帯土器が日本で見つかれば、それは明らかに朝鮮産のものだということになる。

以下の文はきわめて重要)新来の円形粘土帯土器を使う人は、韓半島の在来の文化だった青銅器時代中期の松菊里タイプの土器を使う人々が暮らしている平地ではなく、給料や台地の上など、遺跡の立地を違えて位置した。(高天原と豊葦原の関係)
しかも分離されていても、お互いに見える位置に住居を建設した。(双方可視圏

新規渡来民は鋳造鉄器や青銅器の製造技術を持ち、その生活スタイルを保持したまま招かれて日本にやってきたと思われる。あるいは北方からの亡命者として逃れてきた可能性も考えなければならない。

これらの渡来民は弥生人と同化し、粘土帯土器は弥生土器と折衷され吸収された。


紀元前2世紀~後1世紀

この時期になると、朝鮮半島の土器は
円形粘土帯土器から三角形粘土帯に変化した。

このあたりから半島情勢に激変が生じるようだ。というのも半島からの土器流入が極端に減少するのだ。



3.紀元前1千年紀を4段階に分ける

A)第一段階 前10~前5世紀

*水田稲作文化の伝播
*生計型移住
*西日本各地に拡散

水田稲作文化の松菊里類型の文化複合体が、九州北部に拡散する。
いろいろな理由が挙げられるが、基本的には新天地をもとめての「生計型移住
(この用語は適当ではない。プッシュ型ないし逃散型というべきではないか)

前9世紀

100年ほど後に、農耕社会の成立を示す環濠集落の出現。戦闘が始まり有力者が出現。
その後250年の間に水田稲作文化は玄界灘沿岸一帯に拡大、在来の縄文晩期人文化と融合。(玉突き状拡散と言われる)

紀元前8世紀末には水田文化が高知平野、鳥取平野にまで達する。紀元前7世紀には神戸付近でも水田耕作が始まる。

この辺は時代的には早すぎる印象。そもそも既存資料の読み込みに基づく、李さんの判断にすぎない。結局、第2段階がいつから始まるかの問題に帰結する。


B)第ニ段階 前4~前3世紀

多くの円形粘土帯土器人が日本列島に移住。これとともに鉄器(鋳鉄)も移入。並行して青銅の国産化が実現。

鉄器は半島から九州へ玉突き移住したのではない。むしろ遼東(燕)から半島をジャンプして直輸入された可能性もある。(鉄器を用いる北方人の侵入?)


C)第三段階 前2~紀元前後

技術格差の減少により、半島からの生計型移民は消滅する。
九州では石器が完全に鉄器に置き換わる。九州からの発信が増え、交易は双方向となる。交流は最盛期(九州側の爆買い)を迎える。半島南岸に弥生人の三拠点(蔚山、金海、泗州)が形成される。
弥生人は楽浪郡を通じて漢とも連絡を取ろうとする(国際社会の一員化)。


D)第四段階 紀元前後~後3世紀

交易拠点のうち蔚山、泗州が衰退し、金海に集中。
出身地方交易から官製交易(独占交易)への変化があったのではないか。
弥生人の半島進出が急減・消滅。交易の内容も、権力者の権威付け的な宝物に偏る。

以上、全書版で40ページの割にはたいそう煩雑な構成で、読むのに3日かかった。しかし内容は実証的で問題意識も鮮明で、3日間を費やしたのは無駄ではなかったと感じている。

少し私なりに消化してみたいと思う。


はじめに

李昌煕 「紀元前1千年紀の韓日関係」は、朝鮮で先行した金属器文化や農耕文化にょって弥生文化を説明するべきだ、と考えてきた私にとって旱天の慈雨にも等しい文章である。

この論文は下記の論集の一つの章として書かれたものである。
「再考! 縄文と弥生ー日本先史文化の再構築」(吉川弘文館 2019年)より

ここまで弥生時代の先駆としての古代朝鮮史が無視されてきたのは、率直に言って韓国考古学、古代史学の怠慢とイデオロギー的硬直ぶりにある。もちろんそれを口実に、朝鮮半島南部の本格的研究をサボってきた日本の考古学も責任大である。



李さんは現職が釜山大学教授となっているが、文章を読んだ感じでは在日の方で、考古学の素養は日本で学んだ方ではないかと想像する。「韓国世界」によくある、挑むような反日と、ギラギラしたミニ中華思想はなく、実事即是の精神が貫かれている。


1.韓国、紀元前1千年紀の時代区分

考古学における分類は、「先史-原史ー歴史時代」と規定される。これは、トムセン分類の「石器ー青銅器ー鉄器時代」にほぼ照応すると考えられる。

しかし実際には
先史=旧石器、新石器、青銅器 原史=初期鉄器時代 歴史=三国時代
とする「ご都合主義」傾向があり、定まっていない。(これは韓国よりも日本の皇国史観のほうがはるかに滑稽である)

A 暦年代による分類

近年、AMS-炭素14 年代測定法の導入によって、ようやく客観的な議論ができるようになった。これによると、青銅器時代の開始は従来より数百年遡ることとなった。




B 青銅器時代の、土器による亜分類

BC1千年を境に有文土器(櫛目文土器)から無文土器に移行する。日本における縄文土器→弥生土器とつながるものがある。これは青銅器の導入時期とも照応する。
ただし縄文人→弥生人という担い手の交代があったか否かは不明。

①無文土器の細分類

無文土器の細分類は、炭素14年代方と組み合わせることによって、暦年と照応可能になった。

しかし日本の弥生式土器との類推から考えられた、これまでの年代より数百年も遡ることから、根本的な再検討に入っている。

②青銅器時代早期(BC1400~)

最古のスタイルは突帯文土器(美沙里)と呼ばれる。この頃から韓半島で本格的な畑作が始まっているので、収穫物の貯蔵に使用されたものと思われる。
このスタイルは400年ほど続く。類似の突帯文土器が弥生早期の福岡平野から発見されている。

③青銅器時代前期(BC1200~)

複合文土器が出現する。この頃から水田耕作も始まる。

④青銅器時代中期(BC900~)

松菊里式土器が主流となる。
この頃から環濠集落が登場。階級社会へ移行しつつあると考えられる。
日本では板付Ⅰ式甕が相当する。


C 鉄器時代 

武器 道具

石器

鉄器

有史時代

 

食料獲得

狩猟・漁撈・採集

水田耕作

有史時代

 

統合すると

石器+狩猟

石器+水稲

鉄器+水稲

有史時代

 

人種的には

YハプロD(+C1

YハプロDO1(C1N)

YハプロDO1O2

YハプロDO1O2

O2は支配者としての北方民族)

慣用的には

旧石器+縄文

弥生前半

弥生後半+古墳

有史時代

 

鉄器の導入・開発については議論百出で、炭素14年代も無力である。

著者は交差年代法を考慮に入れ、戦国系鋳造鉄斧は前400~300の間に導入されたものと推定している。

この頃に流入した土器は円形粘土帯土器と呼ばれ、日本では弥生前期末(板付Ⅱ)に相当する。


BC1千年から0年までの1千年を一つの時代として捉えている。日朝関係に的を絞れば、非常にわかりやすい時代区分ではあるが、それは日本の考古学にとっては重大な問題を突きつけている。

なぜならそれは弥生時代のど真ん中を切断しているからである。

なぜ日本の考古学は紀元0年に時代の境界を置かないのか。とくにそれは鉄器時代の到来を視野に置かない時代区分であり、先史時代と原史時代という古代史のもっとも重要な分岐点を無視しており、国際的には異端そのものである。

もう一つ、日本の考古学は弥生時代をなんの根拠もなく後に引っ張り、それを古墳時代へと接続させている。

古墳時代とはなにか、それは有り体に言えば前方後円墳時代である。時代を前後に分かつような象徴的なものは何一つない。せいぜいあるといえば、おそらく天皇制度の前身となるような地方権力が大和川沿いに形成されたことくらいだ。

つまり万世一系の天皇の国としての歴史を描き出すために、このような時代区分が創出されたのではないか。




2.青銅器・鉄器文化の波及

紀元前11世紀(縄文晩期)

西日本各地から朝鮮半島系の突帯文土器などが出土しており、交流の存在は確実である。イネ科の植物や石庖丁が発見されているが、水田の遺構はない。

前10世紀後半 松菊里文化の拡散 日本列島に水田稲作文化を伝えたのは松菊里の人々である。彼らは玄界灘に面した九州北部の縄文晩期人であった。

この異なる人種からなる両岸地域に、共通の農具、武具、土器が見られる。さらに住居、環濠集落、支石墓などの社会資産にも共通性が見られる。

当時、弥生人の姿は未だ見られない。弥生人骨の出現は紀元前7世紀(弥生前期中頃)まで下る。 



朝鮮土器渡来図


青銅器時代中期

この頃に流入した土器は円形粘土帯土器と呼ばれ、日本では弥生前期末(板付Ⅱ)に相当する。

青銅器時代後期

紀元前4世紀後半。日本では弥生中期初頭にあたる。

この時期に青銅器の国内製造が始まり、青銅器を副葬する墳墓も見られるようになる。

その後、弥生時代中期の中頃から後期にかけておよそ100年間、朝鮮半島から一切の無文土器が出土しない空白の100年間が存在する。


鉄器時代

鉄器時代に照応する土器は、三角形粘土帯土器とよばれる。
日本では弥生時代中期後半から後期後半にかけて出土するが、量は多くない。

朝鮮半島の弥生土器

半島南岸にいくつか、弥生土器が集中して発見される場所がある。この時期は西日本で鍛造鉄器が出土し始める時期と一致する。

土器は紀元前2世紀~紀元前後(弥生中期から後期)にかけてのもので、日本から鉄鉱石を採取するために人間が送り込まれたものである。

これらの土器は弥生後期後半には消滅する。それは日本からの人間の流入が絶えたためである。すなわち日本国内での鉄の獲得が可能になったためである。





EUがLNG+原発の「容認」を決定したことについて、かなりの反発が巻き起こっている。オーストリアは決定の無効を申し立てる構えらしい。いくつかの国はそれに従う動きを見せている。もちろん環境派は凄まじい勢いで叫び立てているようだ。

外国の記事は未だ出揃っていない。ガーディアンの記事を読みかけたところだが、専門用語が多く、手こずっている。

    「フォンデアライエン、ショルツ、マクロン」が
   1ブリュッセルの「グリーンディール墓」の周りに集合


未だ事の真相がわからないのだが、問題はさほど単純なものではなさそうだ。オーストリアが反対する理由は原発再稼働の方なのだが、派手に動いている気温派の方はLNGだろうと原発であろうと、「ダメなものはダメ」的なニュアンスが強い。

私はもともと脱炭素計画にはスケジュール的にきついところがあるので、何かあれば一時的なモラトリアムも必要だろうと考えていた。

とくに最近のインフレ・モノ不足は、エネルギー不足に起因している可能性が高いので、一定の投資と設備更新はこれからも必要ではないかと考えている。先進国の人々なら多少の我慢もできようが、飢餓線上にある新興国や途上国の人々にとっては不可欠だ。

人権や民主などの美しい言葉を並べる先進国が、コロナのワクチンの際にはいかに自国優先に徹し、買い占めに狂奔したかを我々は見てきた。そしてそれがデルタやオミクロンなど変異種の発生を促してきたかも見てきた。

つまり言いたいことは、まず第一に考えなければならないのが「全人類の生命や生活の安全を保障する」という課題だ。

その点で、LNG開発への投資・支援については一般論として納得できる。

しかし原発は違う。これは待ったなしの緊急課題だ。しかも温暖化より遥かに深刻で差し迫った課題なのだ。あえて誤解を恐れずに言うなら、温暖化課題の達成がそのために遅れようとも優先して取り組むべき問題なのだ。

こういう問題を内包しているだけに厄介だが、とにかくLNGと原発を同じ水準で議論するようなことだけはやめてほしい。そのことを切に願う。

道立図書館で面白い本を見つけた。

西秋良宏 編「アフリカからアジアへ…現生人類はどう拡散したか」2020年 朝日新聞

である。

とにかく新しいこと、この上ない。私が知らなかったこと、曖昧にしか理解していなかったことが明確に書かれている。明確に書くのを嫌っているかのような中橋孝博さんの哲学趣味とは大違いである。しかも共著であるから、叙述レベルにムラがない。書いてあることがほとんどファクトとして受け取れる。霧が晴れて視界が一気に広がったような快感を覚える。図表も美しい(ただし冒頭のカラー写真はなくもがな)。

こういう本は、自分で年表形式にして並べていくのが一番整理できる。それで始めたが、流石に固有名詞が多すぎる。外国の推理小説を読み始めたときみたいで年寄りには辛い。少し枝葉を刈りながら拾っていくことにした。



30~20万年前 アフリカでホモ・サピエンス(以下HS)が誕生。(北アフリカのジェベル・イルード遺跡、南アフリカのフロリス・パッド遺跡)

19万年前 HSが第一次出アフリカを果たす。東アフリカ、西アジア(レヴァント地方ミスリア遺跡)でもHS化石が発見される。


最古級HS化石の見つかった遺跡群の分布であるが、憶えておきたい地名はここにはなく、4つの地名が固まっている場所、レヴァント地方という名前だ。アラビア半島南部のドファールは、HSのアジア進出の起点となるポイントなので、この名前も念頭に置いておこう。

13万年前 西アジアの気候が湿潤性となるこの湿潤期は7万年前まで続く。

10万年前 死海周辺のスフー、カフゼー洞窟から十数個のHS人骨化石。

上に行くほど時代が新しくなることに注意。HSの第一次進出、NTの逆進出、HSの第二次進出という構図は紀元前後から10世紀にかけての奥羽地方でも見られた。

7.5万年前 レヴァントのHS生活圏にネアンデルタール人(以下NT)が進出。北方のNTが寒冷化の影響を受けて南下してきたものと思われる。これに対し、レヴァントのHS化石は一時減少するが、消滅はせず。

この時期のHSの骨DNAでは、NTとの交雑が見られる。さらにヨーロッパの後期NTにもHSのゲノムが確認されている。

遺物の種類(中部旧石器)にはほとんど差がなく、ほぼ同様の生活をしていたと見られる。したがって、個体数と資源量の関係次第では敵対関係になる可能性もある。



この図の説明は、「説明」どころかかえって不要な情報で混乱させる。明らかなことはHSがナイル河口からレヴァントへ進出した時、その北方に先住していたのがNTという歴史的経過だ。生活様式も類似していたとなれば、そうそう友好的であったとも思えない。そう思ってみると、この図は両軍の対戦図のようにも見えてくる。またHSがレヴァントではなくアデンからドファール方面へと進出を図った理由も分かる気がする。

5万年前 
地球規模の寒冷・乾燥化が起こる。これをもとに、
①西アジアでNTが消滅。これに代わるようにしてふたたびHSが進出。 ②この頃からHSが急速にアジア、ヨーロッパに拡大。
この時HSは上部旧石器時代に移行。打ち欠き石器による石刃を利用するようになる。小石刃を使った狩猟道具の開発が、小動物対象に移行しつつあった狩りの成果を拡大し、それが間接的にNT人の生活を圧迫したのではないかという説もある、



ここで、Y染色体ハプロとの関係について整理しておきたい。

アフリカでホモ・サピエンス(以下HS)が誕生したのが、30~20万年前とされる。そこからすぐに分岐が始まっているものと考えるべきであろう。彼の名をYハプロα、もしくはHSアダムとしよう。それから間もない19万年前に出アフリカを果たしたものがいる。彼のYハプロがベータだったりガンマだった利しても問題ない。彼をトップとするHSグループは間違いなく絶滅しているからだ。


                   Y-DNAの系統樹

現存HSの最古の分岐は7~8万年前アフリカで起きたハプロAからのハプロBT、ついで起きたBTからのCTの分岐である。この最初のCTが出アフリカHSの共通祖先、すなわちユーラシア・アダムとなる。
このCTの分岐・発生の年代から見て、第二次HS拡散の担い手がハプロCTであることは確実だろう。また縄文人の主体となるハプロD1がCFよりやや遅れてハプロCFを後追いしたこともほぼ間違いないだろう。ハプロFはF1F2F3 に分かれるが、その子系統すなわちハプロG~Rが現生人類の大多数を占めている。



ここまでは随分スッキリした議論が展開されてきたにもかかわらず、5万年前を越えて現代に近づくととたんに五里霧中の状態となる。

北回り、南回りの議論さえも未だになんの決着もついていない。4万年前以前にすでに日本にまで到達しているHSだが、その到達経路も、誰が来たのかも、まったく確たる証拠が示せていないのが現状のようだ。

要するに、青空のもと富士山の頂上(出アフリカ)は澄み渡り視界良好だが、途中に厚い雲海と広大無限な樹海が広がっていて、どこをどう辿って行けば頂上に行きつくことができるのか、それがわからない状態なのだ。

論考はさらに中国の原人、旧人をふくめた人類史へと移動していく。こちらも新知見がいっぱいだが、実際のところは、真偽もふくめて未確定の状態だ。これについてはいずれまた機会があれば勉強してみたい。
 

二種類の「弥生人」についての実証的検討

中橋孝博さんの人骨比較に学ぶ


前記の記事では、「人骨分析など過去のもので、DNAの前には無力だ」と書いて、中橋さんを「化石」だとこき下ろしたのですが、間違いでした。

筑紫野市教育委員会のパンフに載せられた中橋さんの随筆「北部九州の弥生人ー渡来人とその末裔」がとても示唆的です。

要旨を紹介します。

縄文時代の人骨は数千体発見されている。彼らは背が低くいかつい顔立ちをしていた。

それが弥生時代になると、長身でひどい面長で、のっぺりとした顔つきになる。

この弥生人の顔立ちは、朝鮮半島や中国大陸の同時代人にそっくりだ。つまり彼らは大陸からやってきた人々だった可能性が高い。

と、ここまではとくにコメントもないが、「顔立ち」で日本人の起源を追求するという方法の限界を感じてしまう。

ところが、その後に驚愕の事実が明かされる。

筑紫野市一帯から出土する弥生人骨は、こうした渡来系弥生人の中でも、特にその特徴が際立っている。

先年発掘の終わった隈・西小田遺跡からは400体をこす人骨が出土しましたが、彼らは近隣の弥生人に比べ、さらに面長で背も高かったことが分かった。

と、ここまでは快調なのですが、

骨の特徴からして渡来系の遺伝子がもっとも濃厚に入り込んでいる可能性がある。

と、横滑りしてしまうのです。どうして「もう一つの弥生人系列」の可能性を指摘できなかったのでしょう。

別の記事「戦いに敗れたムラ (2012/05/18)」では次のように記載されています。

出土した人骨は、両遺跡ともに高顔・高身長の渡来系弥生人の特徴が際立っており、成人の平均身長は隈・西小田遺跡の場合、男が163.5cm、女が152.4cmにも上るという。

今後ゲノム解析に移行するとのことで、その結果がどうなっているのか知りたいところです。この記事が2004年のものらしいので、すでに結果はででているはずですが。

この記事は、もう一つの注目すべき所見を明らかにしています。

この頃の筑紫野一致はかなり騒然とした社会状況だった。隈・西小田遺跡の第3地点からは、首を切られた遺骨や首だけの埋葬例、さらには頭を割られたり全身に傷を受けた人骨が集中して出土している。

ということで、隈・西小田遺跡の住人は、それまでの弥生人を弥生Aとするなら、弥生Bとも言える人々で、別人種の可能性があるということではないでしょうか。

そこで隈・西小田遺跡について別の記事を検索してみることにしました。

黄河の流れの歴史
「地質ニュース476」(1994年)




黄河の流れは図のごとく(きれいな図ではないが)変遷してきた。

過去4千年の流路は大きく4つの時期に分けられる。

1.紀元前2278年~紀元1128年
→渤海

2.1128年~1546年
→主として黄海(江蘇)、一部は渤海

3.1546年~1855年
→黄海

4.1855年~現在
→渤海

土砂堆積の歴史

200BC 黄河は大河(Dahe)と呼ばれ、水清き河だった。洪水も少なかった。

その頃の黄土地帯は自然の植生の森林を伴う草原であった。

その後、漢の時代に農地化によって土砂流出と侵食が進んだ。

60AD 匈奴が黄土地帯を支配するようになった。遊牧民である匈奴は黄土地帯を再度草原化した。このため水はふたたび清くなった。 

600AD 黄土地帯はふたたび漢民族が支配するようになり農地化された。森林・牧草地帯は53%から3%に減少し、河の水は黄濁した。


中橋孝博「倭人への道ー人骨の謎を追って」という本がある。吉川弘文館から「歴史文化ライブラリー」の一環として2015年に発行されたものである。

この書き出しにすっかりハマってしまい、何度も読み返している。

著者は骨から先史時代の日本人祖先を探ろうとする人類学者であり、いわば「時代遅れの、過去の人」である。(本人はそのような風潮にいたくご立腹であるが)

なので、これまでは鼻も引っ掛けなかったのだが、この文章を見て考え直した。

以下、引用する
今からおよそ2千年ほど前、極東の小さな島に、当時の中国から「倭人」と称される人々が百余国に分かれて住んでいた。
現代とは比べるべくもない稚拙な通信・交通手段しかなかった時代、おそらくはまともな地図すらなかった時代に彼らは海を渡り、漢王朝の役所が置かれた楽浪郡へ定期的に朝貢していた。
中国の正史(漢書地理志)にわずか19文字で書かれたこの話は、日本の地に、多大な危険を犯し、多くの財貨を費やしてまで大陸の王朝と交渉を持とうとする人々が住んでいたこと、そして当時からすでにそうした使節を海外に派遣するような組織が日本列島に存在し、派遣せざるを得ないような国々の関係が生まれていたということを伝えている。
歴史上ここに初めて登場する「倭人」はどのような人々だったのだろうか。もちろん彼ら「倭人」が日本列島の最初の住人ではないし、この人々に当時の日本列島の住人を代表させるわけにも行かない。
後の有名な「魏志倭人伝」の記述からも伺えるように、倭国に敵対する勢力が未だ各地に残っていた時代の話である。
とはいえ、その後現代へとつながる歴史を振り返れば、彼ら「倭人」が我々現代日本人へとつながる祖先(あるいは重要な要素)であることはほぼ間違いない。
ここまでの文章には一点の曇りもなく、「倭人」の本質的特徴を短い文章の中に示し切ってる。まことに名文というほかない。

私の解釈

日本の中に「国家らしきもの」ができたのは、紀元前50年を前後として±50年ということになるだろう。
この「国らしきもの」の特徴はいくつかある。まず第一に三韓とほぼ同等か、それに準じる国際的地位を持っていたことである。少なくとも漢からはそのように認識されていた。第二にそれは三韓の一部から移民した人々が作り出した国家である。だから漢に対する臣従もなんの抵抗もなく実施された。なぜなら彼らは日本に渡る前にすでに臣従していたからである。第三にそれは日本列島の先住民を支配する征服者国家である。漢帝国に臣従する国家であれば、当然先住民に対して臣従を求めるであろう。そして支配の仕方は本質的に権威主義的だったはずである。その際に漢との主従関係が大いに役立ったに違いない。

これらの本質的特徴を、著者は簡潔に要を得た叙述で明らかにしている。

この一節が示している極北、それは倭国史は魏志倭人伝ではなく、漢書から出発しなければならない、というあまりにも当然の事実だ。この点において私は中橋さんと思いをともにする。

ただし賛辞はここまでだ。

その後に展開されるのは、単純化された三位一体論だ。

すなわち「弥生人=渡来人=倭人」説だ。これは朝鮮半島南部における先住民(おそらく初期弥生人と同根)と、北支南満から南下した北方系集団の関係を無視する見解だ。

前者が後者に征服され同化される、朝鮮半島での数百年の経過は、必ずそこに反映されているはずだ。朝鮮半島南部においては、馬韓・弁韓・辰韓の在地国家が紀元後まもなく消滅し、北方系国家の百済・新羅に置き換えられる。

では馬韓・弁韓・辰韓が純粋な弥生人国家であったかと言うと、どうもそうとは言い切れないのである。たとえば衛氏朝鮮が北方系民族に敗れた時、多くの残党が船に乗り馬韓を目指したという記述がある。もし衛氏朝鮮の末裔が三韓地方に散って国家を建てたのなら、人口構成で弥生人優位だったとしても、もはやそのことをもって弥生人国家だとは言えない。

それを知るためには、朝鮮半島における考古学的知見の、「非イデオロギー」的な集積が待たれる。


過去30年、私の勉強法(叙述法もふくめて)はひたすら年表方式だった。時の流れに諸事実を乗せることで、ものを社会の中に歴史の中に定位していく、いわば近似的な認識法が私の勉強法だった。

この見方は、あまり具体的な研究成果として実を結ばない、結局自分限りの勉強に終わることが多い。物事を構造的に、実体的に定着させていないから、いざというときものの用に立たないのである。

しかしこうしたほんわかとした、「物があること、生きていて、ある方向へと動いていること」への確信というのは悪いものではないと思う。

10年ほど前からブログという発表形式ができて、おかげで数十万回ものアクセスをもらっているので、多少は生きた証を残せたかと思うが、やはり、そこそこまとめておきたいとも思うようになっている。

最近、気候変動とCOP問題を勉強していて、一つの自分なりの結論として、「今必要なのはタイムテーブルではなく、ロードマップではないか」と書いた時、ひょいと思いあたった。

「それって、自分への批判じゃないの?」

ロードマップは、ただの地図ではない。旅行者にとっての地図である。余分なものを削ぎ落として、旅行者に必要な情報を落とし込んだ図面である。後頭葉に投影された一次視覚情報が、研ぎ澄まされて頭頂葉の第五野に写し込まれたイメージである。

しかもそれはあくまでもマップであって、たんなる行程表ではない。バーコードではなくQRコードなのだ。

これからの仕事としては、これまでに作成した膨大な年表に、要所要所に花を咲かせ実を成らせて、全体として一本の木に育て上げることなのかもしれない。

そしてそれが全体として一つの木であることが分かるように仕上げることなのかもしれない。 
Word:デフォルトのページ設定


1. [ファイル]メニュー-[オプション]-[表示] を開く

*「常に画面に表示する編集記号」で、「すべての編集記号を表示する」をすべて有効にします。
見えない編集記号によって、スタイルが勝手に変更されるのを防ぎます。
ニュース作成の際はまずテキストファイルで入力し、ワードは整形用ツールとして使うので、マストです。

*ページ表示オプションと印刷オプションは出荷時仕様のまま、いじりません。

2.[ファイル]メニュー-[オプション]-[詳細設定]に入ります。

*「書式の履歴を維持する」/「書式の不統一を記録する」

スタイルが意図せず変更されてしまったときに、早期に発見することが可能になります。

*「クリック アンド タイプ編集を行う」を無効にする。
自動的にインデントが設定されたりして、スタイルが崩れる要因になります。

*日本語用と英語用に同じフォントを使う」を無効にする。
オンになっていると、日本語フォントを適用したとき、英数字も同じフォントに変換されます。

*「貼付け時に自動調整する」を無効にする。
文字列を貼り付けたとき、書式が自動的に調整され、スタイルが勝手に変更されてしまいます。

*フィールドの網掛け表示は、「表示する」に変更。

その他はいじりません。


設定を直したはずなのに、次に開くとまたもとの設定に戻っていることがよくあります。

ネットで見ると、この故障はほぼ必発のようです。しかもそれは10年以上に渡って続いているようです。本当にひどい会社ですね。

これを治す方法が掲載されていました。


Wordには「標準テンプレート」という新規作成時に開かれる既定のテンプレートがあります。

Normal.dotm」とよばれ、
C:¥Users¥ユーザー名¥AppData¥Roaming¥Microsoft¥Templates¥Normal.dotm
にあります。

開いている Word から [ファイルを開く]ダイアログ ボックス を起動し、上記場所から標準テンプレートを開きます。

開き方には工夫が必要で、ファイルを右クリックして、開くを左クリックします。うまく行かなければ管理者権限で開くという方法もあるそうです。

そしてこのファイルを編集・修正して上書き保存するのです。

行間設定をどうするかは、それぞれ好みがあるようです。自分で工夫することになりそうです。

行間でなく段落間の設定もあります。こちらの方も適当に。

22日日経より SWIFTによる対ロ制裁は困難」

 

いかにも日経記事らしく、ファクトをゴタゴタと詰め込んで、こんがらかったゴムヒモのような記事だ。
解き明かすだけでなく、いくらかの箇所は切り捨てる覚悟がいる。

 はじめにー金融制裁とは
 
米国は、軍事脅迫とともにさまざまな経済制裁により、気に食わない相手を脅迫し、時に実行してきた。これまでの経済制裁はほとんどがキューバを相手に展開されてきたが、最近では世界中に拡大し、ドルの圧倒的優位を背景にした「金融制裁」という手段も登場してきている。
 
中でも一番強烈なのが国際資金決済網からの排除。ベネズエラがこの手を食って大変な目にあった。しかしそれは、「左翼メディア」もふくめ、あまり報道されていない。
 
新興国や途上国は米国内の銀行に口座を持ちドル決済業務を委ねていた。この銀行が業務を拒否し、預金を凍結した。これが引き金になって、ベネズエラでは千万%を超える天文学的なインフレが進行した。
 
しかし最近では米国籍の個別の銀行ではなく、銀行間の国際取り決め全体に網をかけ、世界中から村八分にする「超帝国主義」的な方法が試みられるようになっている。
 
その焦点となっているのがSWIFTだ。
 
 
SWIFTとは
 
SWIFTの話は面倒だが、ここが議論の勘所なので、ある程度理解する他ない。英語でスウィフトは速いという意味で、それに引っ掛けて頭文字を持ってきた造語だ。

とりあえず記事をそのままコピーする。


図 
SWIFTとは
 
ということで、あくまで民間の事業組合みたいな団体で、しかも透明性と中立性を旨としている。
 
どう考えても米国政府が恣意的な運営をできるような組織ではないはずだが、それができてしまうというのが恐ろしいところだ。
 
イメージとしては、前世紀最後の20年、IMF(国際通貨基金)が米商務省指揮下、債務「救済」のワナを仕掛けて、新興国政府を塗炭の苦しみに陥れたときの状況に似ている。
 
通貨の流動性を保つために創設されたIMFが、新自由主義経済を世界に押し付けるための武器としてフル活用された。
 
事後的・客観的に見れば、それがことの経過だ。
 
 
SWIFTを利用した制裁の仕組み
 
すでに実例はある。2012年にEUは、核開発をすすめるイランに対してSWIFTからの排除をもとめた。
SWIFTはこれに応じ、イランは国際決済網から排除された。その結果イランは原油収入の半分を失った。
 
これをロシアに対しても仕掛けようというのがバイデン政権の思惑だ。
 
 
ロシアへのSWIFT制裁に思わぬ困難
 
ところがその実現に思わぬ困難が立ちはだかった、というのが今回の報道の核心だ。
 
120日、バイデン大統領が記者会見。「ロシア軍が国境を越えてウクライナに侵攻すれば、厳しい経済上の協調的措定」をとると発言した。
 
すでに2014年、ロシアがクリミア半島を奪取した時、オバマ時代の米国はロシアの国営石油会社、ガスプロムに金融取引を宣言する制裁を課している。しかしこのときは、結果的にそれほどの打撃を与えることができなかった。
 
今回は個別の制裁にとどまらず、国際決済脳からの全面的排除を狙う。それがかつてイランに対して行われたSWIFT排除だ。
 
しかしEU対イランで発動した前回排除と比べ、今回はいくつかの重大な困難を抱えることになる。
 
第一にSWIFTが、米国政府が操縦するにはあまりに大きくなりすぎたこと。ロシアを排除した場合の「返り血」も相当なものになる。とくにSWIFTのシステムの脆弱性はつとに指摘されているところであり、ソ連・中国が本気でハッキングに乗り出せば何が起きるかわからない。これはロンドンのLIBORスキャンダルの教訓が示すところである。
 
第二に最大のパートナーである欧州各国の態度が積極的でないことだ。とくに気候変動問題への対処をめぐり、短期的にはロシア産LNGへの依存が逆に強まる恐れがあり、安定供給が難しくなればコロナ後の経済再建に深刻な影響を及ぼす。
 
 
SWIFT制裁発動は市場への「原爆」になる可能性
 
そして第三には、ロシアが中国との金融連携を強めることによって、SWIFT排除に対抗する方向に舵を切る可能性だ。
 
もしロシアが、「人民元による国際銀行間決済システム」(CIPS) に乗り換えるなら、これは「返り血」どころでは済まない。ドルを背景とする米国の経済覇権の大もとに関わる問題になる。
 
もし人民元をドル・ユーロと並ぶ決済手段として通商関係が構築されるなら、それはもう一つの経済圏の問題を顕在化させる可能性がある。それはむしろ、ロシアの問題より米国の死活的利益と結びついているラテンアメリカの問題である。

米国は過去50年にわたり、ラテンアメリカをひたすらムチの痛みと恐怖だけで支配してきた。リオグランデからホーン岬まで、至るところにアメリカ帝国主義に対する怨嗟の声はみちみちている。
 

以上のことから、SWIFT制裁発動への警戒感が強まりつつある。とくにドイツにおいて、「資本市場への “原爆” になりかねないとする声まで出現しており、経済界からは「ロシアへの制裁は包括的なSWIFT制裁ではなく、大手銀行への的を絞った制裁に切り替えるべき」との意見が上がっている。

米国政府はドルを毀損し、通貨体制を自ら毀損している

何れにせよ、はっきりしていることは、米国がドルを中心とする世界経済の秩序を自ら毀損し、人々にドル支配体制の終焉を予感させ続けているということだ。ドルを通用させない世界を作るということは、ドルを介さずに経済活動を行う(行わざるを得ない)世界を創出することだ。

中国の通貨と経済体制も対ドル優位を実現するのには時間がかかりそうだが、ドルの側から人民元へのプッシュ要因が強まれば、シフトする可能性もないとは言えない。

これについては

先史時代のヨーロッパ人と
Y染色体ハプロ

はじめに

イギリスで巨石文化を作り上げた人々に名前がついていない。とりあえず巨石人と書いたが、ビーカー人、ケルト人、ブリトン人との接続がよくわからない。

今日では先史時代人類学の基本となっているY染色体ハプロによってあとづけることにする。


最初のサピエンスはハプロC1a2人

ヨーロッパに到達した最初のホモ・サピエンスは、アフリカ以外のすべての世界と同じくY染色体ハプロCであった。その中でも最初の分岐に近いハプログループC1a2 である。C1a1-M8とされる日本最初の渡来人と近縁関係にある。

4万年前に始まったオーリニャック文化の担い手と考えられ、ハプロ Iが渡来するまでは、ヨーロッパ人類の主流であった。



アルメニアで生まれたハプロ I人

Y染色体ハプロ I は、4万年前に現在のアルメニア付近で発生した。下位系統の分岐は3万年前に始まっており、この頃から小アジア・コーカサス方面へ展開を始めたと考えられる。

32,000-22,000年前にヨーロッパに至り、コンゲモーゼ文化などをになったとされる。


クロマニョン人は I 2a人

13,000年前のクロマニョン人がスイスで出土され、ハプログループ I 2aであることが明らかとなった。このことからクロマニョン人は I 2a人と考えられる。

最近のゲノム解析により、ハプログループIは碧眼遺伝子の担い手であったとされる。また高身長との関連性も示唆されている。


農耕と巨石文明をもたらしたハプロG2a人

ハプロ I人(クロマニョン人)は狩猟採集民だが、その後にハプロG2a人がやってきて、農耕と巨石文明をもたらした。

ハプログループG はハプログループFの子系統で、1~2万年前にジョージア付近で発生した。非印欧系集団と考えられる。

ハプログループG2aはGから分離した後、紀元前5000年ころからヨーロッパに移住した。彼らは新石器文化と農耕技術を備え、ハプロ I 2a人を巻き込んで文明をもたらした。紀元前5000年~紀元前3000年のヨーロッパの人骨の多くはハプログループG2aである。

現在もコーカサスとカザフスタンで最多頻度を示しているが、ヨーロッパではまれな存在となっており、後続人種に駆逐された可能性がある。


アイスマンはG2a

1991年にアルプス山中で発見された約5,300年前の凍結ミイラ・アイスマンはG2a2a1bだった。

あまりにも急激なG2a人の衰亡は、彼らに対するジェノサイド攻撃があったことを示唆する。


ハプログループRの出現

ハプロRはハプロPから分岐した。その出現は2万~2.5万年前とされ、ハプログループG とほぼ同時期の分岐の可能性がある。


図 ハプロPの拡散と分岐

親系のハプロP が非常に奇妙な移動を行っており、おそらく未確定なものと思われる。

中央アジアに到達したハプロP人がハプロRに分岐し、その後も東西に移動拡散を繰り返している。

おそらくは半ば狩猟、半ば遊牧の生活を送っていたのではないか。


R1b人の武力進出

R1系統は最終氷河期の後に拡散を開始た。一部がインド北部から中央アジアや東ヨーロッパに進出(R1a)、残りが西欧・南欧に進出(R1b)した。

R1b人は青銅器文明(武器)を伴って西ヨーロッパまで分布を広げた。今日のバスク人やケルト系民族に80%以上の高頻度に存在する。



ただイギリスで実際にG2a人を駆逐したビーカー人とケルト人は異なっていると見られ、なお検討を要する。


ラテンアメリカにおける「ピンクの潮流」
Pink tide(西:marea rosa)
From Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Pink_tide

これは英語版ウィキの「Pink tide」を部分訳したものです。


「ピンクの潮流」とはなにか?

21世紀初頭にラテンアメリカ諸国に登場した政治変革の流れ。

親米・新自由主義という、これまでのラテンアメリカ諸国の姿勢から離れ、自主政治と自立経済を目指し、社会的人権を重視する方向への変化を総称する。

2010年代には、「ピンクの潮流」に対抗する保守派の攻撃が強まった。米国と結びついた保守派はは、この流れを「反米」、ポピュリスト政治、権威主義と特徴づけた。

米国の干渉と保守勢力の攻撃によって2010年代の後半には左翼政権はキューバ、ベネズエラ。ニカラグアの3カ国まで減少したが、2010年代の末からメキシコ、アルゼンチンの自主・進歩派の当選が相次ぐようになった。

この流れはこの1年余りでさらに加速され、最近では第二の「ピンクの潮流」と呼ばれることもある。



ピンクの潮流を生んだ歴史的背景

第二次世界大戦後、ラテンアメリカでは一連の左翼政府が選出された。1954年のグアテマラ、1964年のブラジル、1973年のチリ、1976年のアルゼンチン等が挙げられる。しかしその多くは、米国政府・CIAが後援する軍部クーデターにより打倒された。その典型が、キッシンジャーの起案したチリのクーデターである。

米国はチリのクーデターの後、たんに左派系政権を倒すだけではなく、右翼の軍事独裁政権を樹立して、左派勢力の息の根を止めようとした。これが「コンドル作戦」と呼ばれるものである。

軍や傀儡政権の支配する権威主義体制は、政敵を違法に拘禁し、 本人のみならず家族まで捕らえ、拷問、失踪(ひそかな処刑)、子供の人身売買など、最悪の人権侵害を重ねた。この人権蹂躙が明らかになるにつれ、ヨーロッパや米国内での抗議が高まり、ワシントンは軍事政権への支持を取り下げざるを得なくなった。

こうしてラテンアメリカ各国に民主政治が復活したが、軍事独裁政権が作り出した膨大な対外債務は、長く政府を苦しめた。

左翼勢力は軍政時代にほぼ壊滅した。さらにソ連・東欧の崩壊を受けて、左翼は資本主義を受け入れ体制内改革を志すようになった。米国もこれを黙認した。

1990年代、左翼はこの機会を利用して基盤を固め、地方レベルでの統治の経験を積んだ。

「絶望の10年」の末期、民営化、社会支出の削減、外国投資の新自由主義政策はラテンアメリカの人々に耐え難い苦しみを与えることになった。高水準の失業、インフレ、そして拡大する不平等が蔓延した。インフォーマル経済で働き、重大な不安に苦しむ人々の数が増加し、労働者階級と伝統的な中道左派政党との結びつきが弱まった。

民衆の自発的な抗議行動が相次ぎ、草の根の抗議活動を基盤とする新たな政治勢力は、中道や中道左派を拒否して左派へと結集するようになった。

政治権力に到達した最初の左翼は1998年に大統領に選出されたベネズエラのウゴ・チャベスであった。その後ブラジルのルーラ(2003年に発足)と、ボリビアのエボモラレス(2006年に発足)の左派政権が相次ぎ誕生した。彼らは南アメリカの左翼の「3銃士」と呼ばれた。


2000年代の商品ブームと左派政権の成果

21世紀初頭、世界に商品ブームがやってきた。食品、石油、金属、化学薬品、燃料などの価格が上昇した。主な原因は、中国を先頭とする BRIC諸国における需要の増加とされる。

中国は工業化された国になり、資源を必要とし、ラテンアメリカの左翼政府と提携した。ラテンアメリカ諸国は中国とウィンウィンの関係になり、貿易の発展により経済が成長した。左派政権はそれを格差解消、社会福祉増進に用いた。


2010年代の世界不況と左派政権の退潮

(この項目の記述には一部異議があるが、そのまま掲載)

チャベスの影響力は2007年にピークに達した。しかし石油収入への依存がベネズエラを経済危機に導いた。ニコラス・マドゥロは前任者の国際的な影響力を持っていなかった。

2010年代半ばまでに、中国経済は停滞期に入り、ラテンアメリカへの投資も減少し始めた。2015年は「ピンクの潮流が変わった年」と言われる。

リーマンショックとそれに続く欧州金融危機で、世界経済は停滞し、商品需要も減少した。それまでの過剰支出と相まって、政策は持続不可能になり、支持者は離れていった。とりわけ、無防備のまま中国の資金を受け取ったアルゼンチン、ブラジル、エクアドル、ベネズエラで、その傾向はより明白であった。

ニューヨークタイムズは、「ラテンアメリカの左派の指導者は経済を多様化せず、持続不可能な福祉政策を持ち、民主的な行動を無視した。その城壁は、広範な腐敗、中国経済の減速、貧弱な経済選択のために崩壊している」と述べた。

(これはほとんど誤りである。左派政権のほとんどは米国の金融制裁、為替操作、経済封鎖、米連邦裁によるバッシング、議会を利用した陰謀、大衆蜂起に見せかけた事実上のクーデターなどにより、政権の座から引きずり降ろされた。人権や自由はそのための口実に過ぎなかった)



アルゼンチンでは大統領のためのクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネルの後継者が中道右派に敗れた。その後まもなくブラジル大統領ジルマ・ルセフの弾劾が始まり、彼女の解任に至った。

エクアドルでは、引退したラファエル・コレア大統領の後継者が、突如右展開した。国外亡命を余儀なくされたコレアは、新大統領を「裏切り者」と「羊の服を着たオオカミ」と非難した。


2010年代後半からの復活

復活した中道右派ないし右派政権は、景気の回復にも債務の改善にも成功しなかった。貧富の差だけが拡大した。国民には「失われた10年」の再現と映った。

早くも18年、メキシコ大統領選挙で左派のロペス・オブラドールが当選した。翌年にはアルゼンチンで現職の右翼大統領が中道左派のアルベルト・フェルナンデスに敗れた。

この傾向は2020年のボリビア大統領選での、左翼MASのルイス・アルセの地滑り勝利によって明確となった。

この傾向は2021年を通して続いた。ペルー総選挙では2つの意味で初めての大統領が生まれた。ペドロ・カスティジョは新自由主義を拒否する初の大統領であり、初の先住民指導者出身である。

11月、ホンジュラスは初の女性大統領シオマラ・カストロを選出した。その数週間後、チリでは左翼のガブリエル・ボリックが当選した。

大衆の抗議行動も激発している。メディアは無視するか軽視するが、 2019年チリの抗議、2019年コロンビアの抗議、2019年エクアドルの抗議、2021年コロンビアの抗議が含まれる。

(訳者注: これらはベネズエラやニカラグアの暴動のような陰謀的なものではなく、政府の緊縮措置と所得の著しい不平等に対する民衆の抗議であり、明らかな経済的裏づけを持ったものである)


Suppliment 「ピンクの潮流」の各国における実績

左派系政府は最低賃金の引き上げ、補助金などの福祉支出の拡大などにより、新自由主義経済の緩和を図った。失業者、非正規雇用者、母子家庭、底辺労働者などへ手厚い給付を提供した。

ボリビアでは前近代的な社会を改革し、先住民女性やLGBTIの権利を改善し、国際的に賞賛された。モラレス就任後5年の間に、ジニ係数は0.60→0.47に急減した。

ブラジルは南北アメリカで最も高い貧困率となっていた。極度の貧困、栄養失調、健康問題で国際的に悪名高い貧民街が存在した。農村部でも極度の貧困があった。

ルラ大統領のゼロ飢餓(Fome Zero)などの社会的プログラムは、ブラジルの飢餓・貧困と不平等を減らし、健康と教育を改善した。

ルラの8年間の在職期間中に、約2,900万人が中産階級に列せられた。ルーラは80%の支持率を保ったまま在職期間を終了した。

アルゼンチンでは、キルチネルとフェルナンデス・デ・キルチネルの夫妻が政権をつなぎ、団体交渉を復活させ、労働組合を強化した。労働組合の組織率は1990年代の労働力の20%から2010年代には30%に増加し、労働者の割合が増えるにつれて賃金が上昇した。

これらの社会投資の結果、1日3米ドル以下で生活する極貧層の比率は20%低下した。アルゼンチンのジニ係数、ラテンアメリカで指折り数えるレベルに達した。

育児資金の給付計画は 200万以上の貧しい家族をカバーし、アルゼンチンの子供たちの29パーセントをカバーした。このプログラムにより15歳から17歳までの子供たちの就学率が3.9%増加したと推定されている。

ベネズエラでは社会福祉、住宅、地域のインフラへの支出が増えた。さらにチャベスは医療や教育などの分野で無料のサービスを提供し、補助金付きの食糧配給を確立した。

エクアドルでは、厳しい経済危機と社会的混乱により右翼のルシオ・グティエレスが大統領を辞任した後、2006年の大統領選挙でラファエル・コレアが当選した。

コレアはイリノイ大学のエコノミストでこれまでの左派とは一味違った混合経済政策を実践した。解放の神学の影響を受けた実践的なカトリック教徒であるコレアのもとで、エクアドルはすぐに前例のない経済成長を経験した。

コレアの人気がどれほどのものであったかは、彼が数年連続でアメリカ大陸で最も人気のある大統領に選ばれたという事実を見てもわかる。

https://cpa.org.au/guardian/issue-1991/interview-with-comrade-ekin-sonmez-from-the-communist-party-of-turkey/

 

2112 豪ガーディアン紙

「トルコ共産党エキン・センメス中央委員とのインタビュー」

Interview with comrade Ekin Sönmez

from the Communist Party of Turkey



同志Ekin Sönmezはトルコ共産党(TKP)の中央委員です。「ガーディアン紙」は、トルコの階級闘争におけるTKPの役割について学ぶために、同志エキンと対談を行いました。

 

ガーディアン(G): TKPへ多くの若者が関与するようになった経過を説明してください。

 

Ekin SönmezES:まずトルコ社会の平均年齢はまだ29歳前後であることを踏まえてもらった上で、答え始めましょう。

 

社会そのものが比較的若いのです。労働者も若い。そのような国だからなおのこと、若者の間での共産党の組織は重要です。

 

特に60年代以降、若者は常にトルコの階級闘争の最前線に立ってきました。その重要な指導者は、共産主義運動の主要人物でした。

 

TKP党員の約3分の1が学生や20代の若者です。若者の間での政治活動は、党の闘いの中で最もダイナミックで重要なものです。

 

大学生・高校生を中心に形成されたトルコ共産主義青年同盟は、私たちの闘いの重要な側面となっています。私たちは多くの高校や大学、そして学生サークルやクラブで組織化を勧めています。

 

トルコ全体として反動化が進んでおり、教育においても反動化と宗教化がすすでいます。これに対して質の高い、科学的で世俗的な無償教育を受ける権利の擁護がもとめられています。

 

学生の要求にはもう一つの背景があります。それは今日の状況では、勉強しながら働くことが例外ではなくなっているからです。

 

多くの大学生は、生活費と教育費を賄うために、カフェ、バー、ショップ、コールセンターなど、サービス部門のさまざまな職場で働いています。

 

彼らは「学生労働者」と呼ぶべき存在で、その多くが劣悪な環境に置かれています。搾取の現実に直面している学生労働者を組織化するために、私たちは努力しています。

 

若者たちを政治的およびイデオロギー的に組織していくことは、常に私たちの党にとって中心的な重要性を持っています。

 

G: トルコ共産党とオーストラリア共産党は、お互いから何を学ぶことができると思いますか?

 

ES: 私たちの政党は、歴史的および文化的背景と経済力学が大きく異なる2つの国で奮闘しています。

 

しかし同時に、私たちは社会主義闘争の共通性と国際主義的精神の普遍性を理解した上で闘っています。

 

私たちは、商業メディアとマスコミが世界中のブルジョアジーに奉仕し、労働者階級を誤解に追い込んでいることを知っています。

 

いまこの時点で、私たちはお互いに真実を共有する義務があると思います。

 

資本家階級は国際レベルでしっかりと組織されており、労働者階級をさらに巧妙に利用するための新しいメカニズムを常に考案しています。したがって、私たちは彼らに対して力を合わせる以外に選択肢はありません。

 

世界のまったく異なる地域で働く人々の闘いが功績を上げています。それは私たちにとっても勝利であり、私たちの闘いに対する希望と誇りの源です。

 

それらを踏まえた上で、私たちは国際共産主義運動が相互の対話を続ける必要があると信じています。

 

もちろんいくつかの共産党は成果を上げていますが、闘争の焦点をずらしています。

 

すなわち、世界の問題(貧困、飢餓、戦争など)の根本原因が資本主義の社会秩序にあることを軽視する傾向です。

 

それを打倒することなしに、議会主義や人権問題、環境問題などに集中し、私たちを解党へと導く人もいます。

 

共産主義運動の特殊性は、革命を運動の目標とすることであり、資本主義を打倒することです。この原則からの逸脱を許すべきではありません。


 

 

G: TKPは、COVID-19による急激な状況の変化にどのように対応しましたか?

 

ES: パンデミックは、労働者の生活に多面的な影響を及ぼしました。それはウイルス自体によるものではなく、資本主義システムの対応形態によるものです。

 

パンデミックに対応した労働形態の柔軟化、リモート勤務などは労働者に大きな犠牲をもたらしました。

 

労働者間の交流、組織化、さらには社会化の機会が減少し、上司を大いに喜ばせています。

 

OECDはパンデミックに際してもっとも公的支援の少ない国がトルコであると述べています。一方、トルコ最大の独占企業は数十億ドルの利益を発表し、高成長を誇っています。

 

資本家階級は利益率を上げるために、「私たちは同じ船に乗っている」と主張してきました。そうしてパンデミック状態の間でも労働者を虐待し続けて来ました。

 

私たちは一貫して、「パンデミックは階級に関係なくすべての人に影響を与える」という考えに反対し、最も貧しい人々が最も深刻な影響を受けることを指摘してきました。

 

多くの人がパンデミックのために解雇され、レイオフ(長期間無給休暇)に送られ、いわゆる「非常事態」を口実に働く権利を奪われてきました。

 

とくに女性労働者の負担は倍増し、自宅と職場の両方で仕事量が増加しました。そして失業、搾取、DVのスパイラルの影響を最も受けました。

 

2020年のトルコ共産党第13回大会において、女性労働者のための闘争課題を優先することを決めました。そして搾取、暴力、差別に反対する女性連帯委員会を設立しました。今日多くの地域で、70以上の女性連帯委員会が、女性の法的権利のために戦っています。

 

過去2年間で、私たちが最も集中したのは、厳しい状況下で苦労している労働者階級内での連帯感の発展でした。

 

私たちは労働者階級のあいだに連帯委員会を設立しました。競争、自己責任、利己主義、差別ではなく、本質的な権利を求めて闘い、労働者間の連帯と友情の気持ちを高めようと考え行動しました。

 

そしていま、あらためて社会主義革命の究極の目標と、そのためのプログラムを広げ浸透させようと考えています。

 

 

G:トルコの現在の政治的および経済的状況はどうですか?

 

ESトルコは厳しい経済危機に直面しており、2018年のトルコ通貨の価値の劇的な下落以来、その深刻さは増しています。

 

トルコリラの切り下げは、4500億米ドルを超える巨額の外国債務を発生させ、債務の悪循環をもたらしました。

 

絶えず上昇する物価、民営化によって、労働者はもはや国の経済についてまったく発言権がなくなりました。

 

AKP政府は過去20年間、資本家と一緒になってトルコの経済を破壊してきました。それは国の生産能力を、特に製造業と農業部門で非常に貧弱にしました。それに代わってサービス産業と建設部門が労働力の受け入れ先となりました。

 

議会内のブルジョア反対派は、資本主義を維持するためにAKPと提携し、政府が提出する搾取強化法案の成立を助けてきました。

 

エルドアン首相が権力を失いつつあることは間違いないでしょう。しかし資本主義に起因する構造的問題が解決されるまで、どのブルジョア政党が権力を握っていても根本的な違いはありません。

 

現在「国家同盟」という野党戦線が作られようとしています。しかしそれはAKPに反対または競合していることだけを共通点としています。

 

これは近い未来に予想されるIMFへの債務返還と緊縮政策の実施のための受け皿に過ぎません。それは民主的な衣装をまとった、西洋志向のブルジョア同盟です。

 

そのようなやり方で失業、貧困、不平等、不公正というトルコの長期にわたる問題を解決できるでしょうか?

G:党員、労働組合員、進歩的な勢力はどのような条件の下で活動していますか?

ES 1980年のクーデターのあと、トルコは新自由主義、民営化、搾取の強化が展開されてきました。

この柱の1つは、個人主義思想の普及であり、最も重要なことは、さまざまな社会組織の解散でした。

組合、政党、大衆組織は、物理的攻撃、法律、そしてイデオロギーによって介入されました。

今日でも、社会組織の欠如の問題は続いています。たとえば、トルコの組合加入率は約15%であり、そのかなりの部分が御用組合です。

AKP政府は、労働搾取を増やすためにあらゆる種類の戦術を考え出しました。さらに宗教にも訴え、社会に大きな圧力をかけることを目指しています。

彼らは警察やガードマンなどの数を増やし、武器の装備を高度化させました。これは、自前の武装組織を育成する方法です。

AKPの反動体制は、すべての政治活動を禁止し、組合の指導者や知識人に罰則を科そうとしています。

たとえばエルドアン大統領を侮辱したという口実で何百人もの人々を告訴しています。私たちの党指導部もその標的となっています。

TKPは政党ですが、その政治活動はしばしば禁止されます。もちろん、それは行政権による法の乱用なので、私たちはそれに屈服しません。

 

これらに加えて、反共産主義活動はトルコで何十年にもわたって行われています。反共主義は依然として支配力の中心的使命となっています。

しかし、トルコは共和主義、世俗主義、平等などゆるぎない価値観を持つ国であり、私たちはこの伝統を強化しようとしています。2013年のゲジ蜂起はその一例です。

パンデミックにもかかわらず、労働者階級のあいだで「メーデー」が祝われています。弾圧と抵抗は階級闘争の一部であり、私たちは闘い続けます。

 

G:トルコは中東でどのような役割を果たしてきましたか? また、果たそうとしていますか?

ES AKP政府は中東地域で影響力を得るためにイスラム主義を使用しました。

AKPはムスリム同胞団のイデオロギーに依存し、新オスマン主義の名の下に中東とアフリカの紛争国に介入し、政治的、軍事的、経済的な重要性を高めようとしました。

新オスマン主義の政策は、ナショナリズムと宗教性に基づいて働く人々を互いに挑発するように導き、それは階級の矛盾を隠すのに大いに役立ちました。

その際、西洋帝国主義国家の欲求と調和する仕方をとりました。しかし彼ら自身の拡張主義的な野心を隠すことはありませんでした。

この野望を助けたのは帝国主義秩序内の利害の対立でした。たとえば、AKPはロシアからS-400を購入しましたが、一方でドローンをウクライナに販売しました。

 

このようなAKPのイスラム主義と新オスマン主義路線は、資本家階級の拡張主義的野心と重なり合っています。この利害の重複が、20年間、トルコの資本家階級と非合理性に満ちた党であるAKPが非常にうまくやってきた理由です。

AKP政府はまた、トルコに流入する難民を通じて、西側帝国主義国との交渉を続けてきました。さらにリビアからイラクに及ぶ多くの難民流出国の内政に干渉することができました。

最後に強調しておきたいことがあります。この地域におけるAKPの拡張主義的役割は、中東地域に対する西側の反共産主義的前哨基地としての役割に基づいています。

イスラム主義はその発展型であり、これまでの政権から引き継いだものです。イスラム主義は、トルコの内外で働く人々を抑圧し、左翼思想の広がりに対抗するための最も重要な手段として使用されてきました。

AKP政府がイスラム主義に基づいて中東地域の人々に行ったことは、大きな恥であり、犯罪でもあると考えています。これらの犯罪の正当な罰は、人々の力でのみ可能です。それが私たちが戦いなのです。

イギリス先史時代 年表

最近、イギリス(ブリテン島)の先史時代が、Y染色体ハプロの研究によって随分明らかになた。イギリス人の人種概念は、それまでとは様変わりしたようだ。

それでもなお多くの謎が残されていて、ここ最近では顔の復元を機に一段とイギリス人起源論論争が盛んになっているようだ。

巨石人→ケルト人→ローマ帝国領→アングロサクソン という旧来の古代史が今ではどう変わっているのか、とくにケルト人概念がどのように変遷しているのかを探ってみたい。

資料
1.ウィキ:ブリテンの先史時代
https://www.y-history.net/appendix/wh0601-114_1.html
https://world-note.com/britons/
https://www.shigeru1985yorkshire.com/taho-england-contents.html


原人・旧人の時代

100万年前? ホモ・エレクトスの進出。骨・石器が発見されている。

50万年前 ホモ・ハイデルベルゲンシスが進出。マンモス・ハンターの生活を送っていた。化石や石器が発見されている。

ハイデルベルク人のものと見られるハンド・アックス

40万年前 極度の寒さによりブリテンから人類が消滅。その後間氷期の間、わずかに旧人の進出が見られる時代が続く。

25万年前 最古の人骨化石。ケント州のスウォンズコームより出土されたもの。

6万年前 ネアンデルタール人がブリテン南部に進出。

       4万年前のネアンデルタール人女性

ホモ・サピエンス時代の開始

3万年前 ホモ・サピエンスがブリテンに進出。さらに1万年さかのぼり、末期ネアンデルタール人と共存していたとの説もある。

1万5千年前 最終氷河期の末期、温暖化が始まり、落葉樹がブリテン島を覆うようになる。「チェダーマン」に属する中石器時代人が、ヨーロッパからブリテン島に移住。

約1万年前の人骨「チェダーマン」の再現。明るい青色の目、わずかにカールした髪、そして黒い肌を持っていた

8500年前 海進が進み、ヨーロッパ大陸からブリテン島が分離。住民は大陸と分離。この狩猟採集民のY染色体はハプロIとされる。


この後、西暦表記に変更。

紀元前5000年 「新石器革命」が始まる。狩猟・採集から、農耕・牧畜に移行。牛・豚を飼育し、小麦・大麦を栽培。

この新石器人は、地中海からイベリア半島から来たと考えられ、「イベリア人」と称されることもある。(文献4)
新石器人と「チェダーマン」に代表される中石器人との繋がりは不詳。

紀元前3000年 「巨石文化」が広がる。ドルメン(支石墓)やクロムレック(環状列石)が各地に建てられる。

巨石文化の担い手は不明。ここでは「巨石人」としておく。同様の巨石文化は中央~西欧に見られる。Y染色体ハプロ G2a、ミトコンドリアDNAは現代ヨーロッパ人の11%と一致する。

新石器人(5600年前の女性)「ホワイトホークウーマン」(ブライトン出)

紀元前2600年頃 ビーカー人が大陸から流入し銅器・青銅器をもたらす。彼らの金属器が鐘(ビーカー)形をしていたためビーカー人と名付けられた。

ビーカー人は印欧語系種族で、当初は鋳物師、最初は交易商人として各地を渡渉し、後に定着した。

土器のツボがビーカーに類似することからビーカー人と呼ぶ

紀元前2000頃 巨石人がビーカー人の影響を受けウェセックス文化が始まる。大規模なストーンヘンジが建設される。いくつかの巨大列柱を立てた後、巨石人は歴史から消失する。

紀元前10世紀 ヨーロッパ各地でケルト人社会が形成される。鉄製武器と戦闘馬車という強力な装備を持ち、交易活動を営んだ。

紀元前9世紀 ケルト系民族のブリテン島進出がはじまる。各地にケルト系の部族国家が成立。

*近年、遺伝子研究に基づきケルト人をイベリア半島起源とする説が出ている。

紀元前75年 ケルト人の一族ベルガエ人が南イギリスに進出し国家を建設。

紀元前55年 カエサルがブリテン島に侵入。ベルガエ人に撃退される。この時「ガリア戦記」にブリトン人と記載される。

紀元後43年 クラウディウス1世がブリトン人を征服。ケルト系住民の上にローマ人が支配層として君臨する。

5世紀 ローマ帝国はブリタニアを放棄。ゲルマン人が相次いで侵入。



teleSUR  News > Brazil
13 January 2-22

Lula Keeps Leading 2022 Brazilian Presidential Elections


リード

22年最初の世論調査で、ルーラは依然トップを独走中。二位はジャイール・ボルソナロ現大統領で、その差は23%。3位は元裁判官のセルジオ・モロで、支持率12%となった。



最新の世論調査

5日にQuaest Advisory社の世論調査が行われ、45%の支持を集めた労働者党のLula da Silvaが、トップに立った。

対抗馬はボルソナロ現大統領で、23%の差がついている。元裁判官のセルジオ・モロが12%の票で3位になった。残りの候補は、投票の10パーセント以上を集める可能性は低い。

第1回目の投票は10月に行われるが、決選投票に回った場合は、ルーラが50%以上を獲得し、ボルソナロは30%未満に留まるだろうと予想されている。


新型コロナとボルソナロ

この調査では、ボルソナロ政権のパンデミック対応に対する市民の評価も加えられている。

調査対象者の72%がボルソナロの対応を否定した。

回答の内容を調べると、この極右政治家が社会的に脆弱な人口集団、特に子供たちの病気への影響を軽視し続けたことが理由となっている。

「子供にワクチンを打つ必要はない。なぜなら子供はコロナウイルスで死ぬ可能性が低いからだ」と、ボルソナロは言い放った。

そして児童へのワクチン接種を勧告した国家衛生監督庁(ANVISA)を非難した。「彼らはワクチン接種の狂信者である」と。

しかし、ブラジルではこれまでに900人以上の子供たち(1歳未満の赤ちゃん520人を含む)がこの病気で亡くなった。

この事実は大統領の発言と矛盾している。

この点についてルーラは語る。

「私たちは、経済エリートの利益に忠実な政権に苦しめられている。私はブラジルの名誉と国民の尊厳を取り戻すために、もう一度力を振るいたいと思う」



East Asia Forum
31 December 2021
https://www.eastasiaforum.org/2021/12/31/choppy-conditions-in-the-south-china-sea/
Collin Koh

南シナ海の不安定な状況

概況

COVID-19危機によって、南シナ海行動規範(COC)の討議はストップしている。フィリピンのロペシン外相は「ASEANと中国の交渉はまったく進まなかった」と述べた。

ASEAN諸国と中国は、COCをめぐる深刻な違いを克服するために、厳しい仕事をこなしている。そこには交渉の対象範囲となる地域の特定、非当事国の役割についての議論が含まれる。


常態化した中国の攻勢

中国の実力行使と強制は、2021年には常態化した。3月には、ウィットソン環礁で中国海上民兵の舟艇群出現し、東南アジアを震撼させた。

なぜならこの環礁の領有を主張するフィリピンは、ドゥテルテ大統領が政権を握って以来、ワシントンと距離を置き、北京とのより緊密な関係を模索していたからだ。

それは中国で新沿岸警備隊法が導入された直後に実行された。この法律は、北京の主張する海洋主権に違反したものに対しては、軍事力使用を可能にするものだった。

ついで9月には海上交通安全法が改正され施行された。中国は、インドネシアやマレーシアなど東南アジア諸国に対する海上強制を続けた。

北京は、北ナツナ海のインドネシアの排他的経済水域(EEZ)で、石油掘削への干渉を開始した。そしてジャカルタに掘削の中止を要求した。

それは、南シナ海における伝統的な漁業権を尊重するという中国の約束からすれば、明らかなエスカレーションである。

このような中国側のエスカレーションは、いずれも、中国とASEAN加盟国が地域の平和と安定を維持するための外交努力を続けている間に起こっている。

それは中国人民軍に対する政府のガバナンスの存在を疑わせるものがある。


アセアン側の外交的反撃

それでもASEAN加盟国は未だ、北京が南シナ海で「あら馬乗り」をするような真似を許してはいない。

地域外の勢力からの南シナ海にたいする関心も高まっている。昨年、東南アジア諸国との覚書に基づいて、日本とニュージーランドは、国連事務総長へ独自に訴状を提出した。そこでは中国の海上での武力行使に対する懸念が表明されている。

域外国による軍事活動も2021年に増加した。フランス海軍の潜水艦エムロードは、2月のインド太平洋ツアーの一環として、南シナ海を横断した。英国海軍空母打撃群は、7月に米国のF-35B統合打撃戦闘機を南シナ海に配備した。

日本の駆逐艦加賀と米国のカール・ヴィンソン空母を中心とする打撃群も、10月にこの地域で訓練を実施した。11月にはこの艦隊が初めての対潜水艦訓練を実施した。


アセアンが中国に配慮する事情

ASEAN諸国がCOVID-19に焦点を当てている限り、これらの国は中国とのより強い関係を模索する可能性が高い。パンデミック後の回復をスタートさせるためには、中国の軍事的違反行為に耐え続けるしかない。

その間、東南アジア諸国政府は、北京に対する否定的表現を口に出さず、飲み込むほかないだろう。南シナ海の状態は膠着状態のまま経過しており、現在の状況は打開できそうにない。


22年 アセアン強硬化の可能性

2022年のフィリピンの選挙は非常に重要なものになる可能性がある。ドゥテルテ大統領はスカボロー諸島に関して融和的な態度をとってきた。そのために不安定な停戦状態が続いてきた。

もし親米・反中の候補が当選し、フィリピンの姿勢が強硬化すれば、北京はスカボロー諸島に対して先制行動をとるかもしれない。

南シナ海にコミットする域外国の存在は、少なくとも一時的なものでなく一定の期間続くものと見られている。なぜなら、いくつかのASEAN諸国は、南シナ海の平和と安定を維持するのにそれらの国が役立つと考えているからだ。それはドゥテルテが、米国の駐留協定を終了するという決定を取り消した主な理由でもある。

9月のAUKUS防衛協定の潜在的リスクについて、いくつかの国から意見が上がったが、多くの国はオーストラリア、英国、米国との経済、安全保障での協力を引き続き強化している。

今後COC交渉が進展するかどうかは不確実だ。そのための新たな推進力は見当たらない。


南シナ海行動規範(COC)早期実現の可能性は薄い

カンボジアは、ASEAN議長国の下で2022年に交渉を終わらせることを熱望しているようだ。しかし、すべてのASEAN加盟国が同じ熱意を共有しているわけではない。

南シナ海をめぐる北京とASEAN諸国間の長引く不信の蓄積は、中国の継続的な動きによって煽られてきた。

ASEANと中国は、21年には対面協議を通じてCOCプロセスを再活性化する可能性がある。しかし、それが大きな進展を見せるためには、東南アジア諸国が新型コロナから回復できるかどうかにかかっている。

それまでは、多かれ少なかれ、今までと同じことの繰返しになるだろう。我々はあらゆる形の乱流に備える必要がある。



元旦の日経新聞。
三面トップにわけのわからない見出しが並ぶ。
主見出しは
食料高騰、世界揺らす
それはわかるが、脇見出しが
異常気象・脱炭素で10年ぶり高値
となる。

「どっちなのさ?」と思わず聞きたくなる。日経というか、我が国経済界の戸惑いが如実に現れた見出しだ。異常気象が問題なのか、脱炭素が問題なのか、なんともわからない。
実のところはどうなのか、本音はどちらなのかを探ってみる。

リード
ますリード。こう書かれている。
  • ①国際的な食料価格は10年ぶりの高水準となった。
  • ②政情不安や格差拡大のリスクも高まっている。
  • ③相次ぐ異常気象や新型コロナ禍の影響で、穀物の供給が不安定になっている。
  • ④その中で脱炭素化の進展が需要と生産コストを押し上げている。
  • ⑤22年は食料を始めとするインフレへの対応が世界の重要な課題となる。
まことにごもっともな話だが、全体として脈絡がない。もっと言えば年寄りの愚痴みたいにとりとめがない。
どこが何故、問題かと言うと、④が唐突に差し込まれているからである。これさえなければ、①から⑤への流れは流れる水のごとく自然である。
(ただし「食料を始めとするインフレ」という表現は吟味が必要だが…)

これはある意味で、日本の経済界の脱炭素に対する「いらだち」の表現とも見て取れる。しかしそれは仕方がないのだ。今までつけを溜め込んできた報いが来たともいえる。

ただ、前回の文章でも触れたように問題は、今必要なのはロードマップなのであって、タイムテーブルではないということだ。それだけは強調しておきたい。

ということで本題に入っていきたい。

Ⅰ)食料高騰の原因・背景

① 異常気象→不作→供給不足

下の図は過去10年間の「食料価格指数」(FAO調べ)の変化を示している。中央値の2015年を100としている。


あまり紛れはない。指数はこの1年で一気に27%上昇している。つまり、単純に異常気象による不作と考えられる。

菜種(食用油)の国際価格は7割、粗糖、小麦は2割強上がった。カナダは熱波に襲われ菜種生産が3割減少した。農業大国ブラジルは、90年ぶりの干ばつに見舞われた。主要作物では、特にとうもろこし価格に影響している。

天変地異ではないか、この2年間に関してはコロナ→ロックアウト→労働力不足→生産減少というパターンも見られた。マレーシアでは労働力不足によりパーム油生産が大幅に減少した。

② 食品需要の増加

コロナによって、在来需要は著減しているが、それを上回る新規需要が発生している。これにより価格の下押し要因が相殺された。

とくに中国の公私にわたる「爆買」が目立っている。

さらに食品価格の高止まりが続くと見た投機筋が大量の資金を投入する動きを見せている。

③ 脱炭素による直接間接の影響

記事では2つのファクターを上げている。この記述で驚くのは、押し上げ要因として真っ先にバイオ燃料への食料の転用が挙げられていることだ。
「すでに米国の大豆油の約4割、ブラジルのサトウキビの5割程度がバイオ燃料に使われている。搾油工場の増強計画も相次ぐ」

これが温暖化ガスのネットゼロの計算に組み込まれているとすれば、先進国の環境論の思想的頽廃を感ぜざるを得ない。

そしてその次に生産・流通コストの増大が挙げられる。

肥料の原料となるアンモニアは大量の燃料を消費する。その燃料が石炭からLNGに変換されると、コストは1割強も上がるされる(市場リスク調査機関調べ)。

④ インフレ・スパイラルの形成

記者の強調したいのは、おそらくこういうことだろう。

異常気候は短期要因だが、脱炭素の流れは中長期要因だから、数値以上に蓄積効果をもたらす。

両者の効果は作用機序が違うから、一本道のロードマップではなく、複合的・相乗的に作用する。そこにスパイラルが形成される可能性がある。

ここで記事は食糧問題専門家の違憲を引用する。
「10年前は食料高騰後に生産が急拡大し、需要増に対応できた。脱炭素を背景とする今の食料高は長引く可能性があり、新興国が混乱すればさらなる供給制約を生む」

Ⅱ)食料価格高騰の影響・帰結

下図は左側に原因、右側に影響・帰結を表したものである。右側に4項目が並べられているが、やや羅列的である。



① 新興国のインフレ

ブラジルでは消費者物価が18年ぶりのスピードで上昇している。

② 通貨安とインフレ

新興国のインフレは、物不足によるものだけではない。

米国でインフレ加速を受けて利率引き上げが始まろうとしている。これを受けて新興国のドルが還流し、通貨安インフレが広がろうとしている。

さらに投機が拍車をかけようとしている。各国政府は投機禁止措置に動き始めている。

③ 低所得層に背負わされるインフレの重荷

食料インフレは、とりわけ食費比率(いわゆるエンゲル係数)の高い貧困者を直撃する。日本では支出に占める食費の割合が2年前に比べ0.5%増えた。

これに対し株高で潤う超富裕層は、ますます多くの富を受け取るようになった。「世界不平等データベース」によると、上位0.01%の富裕層の資産は世界総資産の11%に達している。

④ 政権基盤の脆弱な国での混乱

11年の「アラブの春」同様に、いくつかの国では物価上昇がパニックを生み、政治混乱を引き起こす可能性がある。

中東やアフリカのいくつかの国では、これらの政治危機はすでに顕在化している。 



結局、結論は不明。かすかに感じられるのは「パンデミック下で脱炭素モラトリアムはないのか? 新型コロナによるダメージは、それほど軽微なものなのか?」という怨嗟にも似たつぶやきだ。


DECEMBER 30, 2021
Tricontinental: Institute for Social Research


https://thetricontinental.org/newsletterissue/we-dance-into-the-new-year-banging-our-hammers-and-swinging-our-sickles/

2021年ニュースレター 第52号

三大陸人民連盟編集部からのご挨拶
「槌を叩き、鎌を振るい、新年を迎えよう」


  photo: P.S. Jalaja (India), We Surely Can Change the World, 2021.



親愛なる友人の皆さん、

今年はほろ苦い年でした。いくつかの貴重な勝利と、いくつかの破滅的な後退を味わいました。

一番恐ろしい経験は、COVID-19のパンデミックにさいしてのものです。

北の国々は、医療機器からワクチンに至る資材を、公平かつ民主的に配分できませんでした。それがデルタやオミクロンなど、さまざまな変種を生み、私たちはそこからギリシャ文字を学びました。

ワクチン接種率の低い国としては、ブルンジ、コンゴ民主共和国、ハイチ、南スーダン、チャド、イエメンが挙げられます。例えばブルンジでは、2021年12月15日時点で1200万人の人口の内、0.04%しかワクチン接種を受けていません。この調子では70%の接種率に達するのは2111年1月になります。


貧困とワクチン接種の遅れ

それらの国は世界で最も貧しい国々です。主な産品は多国籍企業によって途方もなく低価格で買われます。それは本質的に取引ではなく強奪です。

2021年5月、WHOのテドロス事務局長は「ワクチンは世界によってアパルトヘイトされている」と述べました。それから半年以上が経ちましたが、状況はまったく変わっていません。

(訳注: アパルトヘイトとは、かつての南アフリカで、少数の白人支配者が大多数の黒人住民を奴隷扱いした政策です。それは差別と抑圧だけではなく、黒人を居住区というゲットーに押し込め、隔離するものでした)

そのような状況のもとで、南アフリカでオミクロン変異株が発生しました。11月下旬、アフリカ諸国連合のワクチン供給機構のアラキヤ共同議長はこう述べました。
オミクロンは、世界が公平で緊急かつ迅速な方法で予防接種を行なえなかった結果だ。オミクロンは、世界の高所得国による「ワクチン」の退蔵の結果だ。
率直に言って、それは私には受け入れられない。
12月中旬、アラキヤはWHOのワクチン対策の特別特使に任命されました。彼女は先進国との交渉にあたっています。

彼女の交渉は個別の条件闘争では達成できません。

それは「ムンバイでの生活がブリュッセルでの生活と同じくらい重要であり、サンパウロでの生活がジュネーブでの生活と同じくらい重要であり、ハラレでの生活がワシントンDCでの生活と同じくらい重要である」ことを認めさせる、思想闘争となるでしょう。


4つのアパルトヘイト

ワクチン・アパルトヘイトは、医療アパルトヘイトという、より広範な差別の現象形態です。

今の時代には医療をふくめて4つのアパルトヘイトがあると言われています。それは食料、金融、教育のアパルトヘイトです。

例えば食料アパルトヘイトですが、国連食糧農業機関によると、アフリカの栄養不足の人々の数は2020年には2億8,160万人に達しています。これは2014年以来8,910万人増加しています。


それでも人類は進歩している

これらのアパルトヘイトにもかかわらず、人類のためのいくつかの重要な進歩が実現しています。これらの前進面は強調する必要があります。

中国の人々は前世紀までの極度の貧困を脱却しました。過去8年間で1億人近くの人々が絶対的な悲惨さから抜け出しました。

インドの農民は、農業改悪三法を拒否して闘い、1年の苦闘の末に勝利しました。これは、長年にわたる闘いによる最も重要な勝利です。

ラテンアメリカの民衆はボリビア、チリ、ホンジュラスで左翼政権を樹立しました。

私たちは今から1年前、トランプがバイデンに変わってもアメリカの侵略と支配の姿勢は変わらないと考えました。

その通りバイデン政権もハイブリッド戦争を通じてキューバ革命とベネズエラ革命プロセスを打倒しようと図りました。しかしそれは失敗し、それどころか重大な後退を余儀なくされました。これは西半球の人々にとって大きな可能性を与えています。その傾向は、22年5月、ブラジルでルラがボルソナロの残虐な統治を終わらせることを示唆しています。


アフガン危機の理不尽

もちろん、これは完全なリストではありません。これらは、進歩のベンチマークのほんの一部にすぎません。すべての進歩が明確であるわけではありません。

それがアフガンの例です。米国はタリバンとの戦争に敗れ、ついにアフガニスタンから撤退することを余儀なくされました。しかし残されたアフガンの人々の苦しみは残されたままです。3900万人近くの人々が飢餓に苦しんでいます。

米国は、タリバン政権が国連諸機関の中に正当な地位を占めることを妨害しています。さらにアフガニスタンが米国の銀行にある95億ドルの外貨準備にアクセスすることを阻止しています。

米軍撤退前、アフガニスタンのGDPの43%を対外援助が占めていました。国連開発計画は、国のGDPが21年中に20%減少し、22年以降はさらに30%減少すると計算しています。

国連報告は、2022年末までに、1人当たりの所得が2012年のレベルのほぼ半分に減少するだろうと予測しています。その結果、アフガニスタンの人口の97%が貧困ラインを下回ると推定されています。

このまま行けば、今年の冬は大量の飢餓死の出現が、現実的な可能性を秘めています。


世界の貧困と不平等

貧困はアフガニスタンだけの問題ではありません。最近発表された「世界不平等報告書2022」は、世界で最も裕福な10%が全体の富の76%を所有していること、世界の貧しい半分の人びとは私有財産の2%しか所有していないことを示しています。

ジェンダーによる差別も深刻です。労働分配を男女で比べると、男性65%に対して女性は35%に過ぎません。



最後に餞の詩が掲載されていますが、訳せるほどの力はないので原文でそのまま載せます。

作品名は“Arash-e Kamangir” (射手アラシュ)

イランの共産党員詩人Siavash Kasra’iが1959年に発表した Elegy の一部だそうです。

I told you life is beautiful.
Told and untold, there is a lot here.
The clear sky;
The golden sun;
The flower gardens;
The boundless plains;

The flowers peeping up through the snow;
The tender swing of fish dancing in crystal of water;
The scent of rain-swept dust on the mountainside;
The sleep of wheat fields in the spring of moonlight;
To come, to go, to run;
To love;
To lament for humankind;
And to revel arm-in-arm with the crowd’s joys.

 
The Bullet誌
December 13, 2021
 Prabir Purkayastha
「貧しい国々が緑色帝国主義に屈しないわけ」
Why Poorer Nations Aren’t Falling for Green-Washed Imperialism
https://socialistproject.ca/2021/12/why-poorer-nations-arent-falling-for-green-washed-imperialism/


リード

地球温暖化と戦うことは、すべての国に正味ゼロの炭素排出への道を提供することだ。しかしそれでけではない。それは世界中の人々のエネルギー需要を満たすための最善の方法を見つけることでもある。

現在の環境問題を考えると緊急の必要性となっている化石燃料は、世界の人たちが生きていくための糧でもある。

だから、球温暖化と戦うことは、貧しい国々が電力生産のために何を用いるのかを明示することでもある。そしてそのためにどのくらいのこすとがかかるのか、それを負担するのは誰なのかを明示することだ。

今回のCOP26は、それらのことをまったく示していない。先進国にその気があるのかを疑わざるを得ない。

欧州連合と英国はアフリカの人口の半分未満だが、アフリカの2倍以上のCO2を排出している。米国の人口はインドの4分の1未満だが、2倍の炭素を排出している。


化石燃料の廃止という重荷

再生可能エネルギーからの電力コストが化石燃料からの電力コストを下回ってきている。だから金持ちであれ貧乏人であれ、すべての国が化石燃料を完全に段階的に廃止し、再生可能エネルギー源に移行することが可能になるはずだ。

これは朗報だ。

しかしその際念頭に置かなければならないのは、現在化石燃料プラントから得ているのと同じ量のエネルギーを再生可能エネルギーから得るためには、その3倍または4倍の発電能力を確保しなければならないということだ。

理由は簡単だ。再エネ発電が “フル稼働で継続的に発電できる電力”(設備利用率)は化石燃料プラントの3分の1ないし4分の1だからだ。

風がいつも吹くわけではない、太陽がいつも輝いているわけではない。

つまりこういうことになる。化石燃料プラントから得られるのと同じ量の電力を生成するためには、それだけの投資をしなければならないということだ。

貧しい国々にお金を提供する約束をせずに、ネットゼロを誓うよう求める、そのような豊かな国々は、完璧な偽善者である。豊かな国々はOPECを振り返り、貧しい国々がネットゼロを約束した歴史的な会議だったと言うだろう。

「彼らは豊かな国々からお金を借りて約束を果たすべきだ。そうでなければ、制裁に直面することになるだろう」

これが豊かな国々の言い分だ。


石炭火発が敵視されるわけ

電力貯蔵は、2番目の問題だ。日ごとの変動または季節的な変動のバランスを取るために、この技術は欠かせない。

2021年、ドイツでは夏に風が大幅に減速し、風力発電の電力が急激に減少した。ドイツは石炭火力発電所からの発電量を増やすことで風力発電の低生産量のバランスを取った。

それがゼロバランスからの重大な逸脱であることは、この際無視しよう。

しかし石炭火発すらない国で、人はどうしたら良いのだろう。石炭火発に頼るしかない国で、人はどうしたら良いのだろう。

石炭を非難する先進国の論理には欺瞞がある。

たしかに同じ電力を生産する際に、石炭火発はLNG火発より2倍のCO2を排出する。しかしLNG火発の発電量が2倍なら、その国のCO2排出量は石炭火発の国と変わりない。


エネルギーをめぐる偽善

米国の一人当たりのエネルギー使用量はインドの9倍だ。英国の一人当たりのエネルギー使用量はインドの6倍だ。

先進国は途上国の3~4.5倍のCO2を排出していることになる。それはいくらサステナブルの電気を使おうと関係がない事実だ。肝心なのは先進国が電気の無駄遣いをやめることだ

もっと数字を並べよう。ウガンダや中央アフリカ共和国などのサハラ以南のアフリカの国々は、米国の90分の1、英国の60分の1にすぎない。

なぜ、どの国がすぐに炭素排出量を削減するべきかではなく、​​どの燃料をどう廃止するか​​についてだけ話しあわなければならないのか。これは「一億総懺悔」の論理による先進国の浪費のツケ回しだ。

偽善について最後に触れるべきはノルウェーの偽善だ。

ノルウェーは北欧とバルト諸国とともに、「2025年までにアフリカやその他の地域での天然ガスプロジェクトへのすべての資金提供を停止する」よう世界銀行に働きかけている。

同時にノルウェーは北海油田で、石油とガスの生産を拡大しているのだ。


さいごに

温室効果ガスの継続的な排出を止めなければ、世界のどの国にも未来がないことは明らかだ。

しかし「エネルギーの正義」なしに気候変動に取り組むことは、たとえそれが緑色の服を着ていても、植民地主義の新しいバージョンにすぎない。

ラマチャンドランはこう述べる。
「世界で最も貧しい人々の背後で気候変動がらみの野心を追求することは、偽善的であるだけでなく、最悪の場合、不道徳で不公正な “緑の植民地主義” です」

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Prabir Purkayasthaは、インドのデジタルメディア「Newsclick.in」の創立編集者である。この記事も「Newsclick.in」からの転載である。
グリーンウォッシング(greenwashing)は、環境配慮をしているように装いごまかすこと、上辺だけの欺瞞(ぎまん)的な環境訴求を表す。 安価な”漆喰・上辺を取り繕う"という意味の英語「ホワイトウォッシング」とグリーン(茉莉花茶(台湾茶)100g)とを合わせた造語である。(ウィキペディア)
後編


5.PACの登場
二大政党の危機は、新しい政党の結成を促した。その中で最も重要なのは、ルイス・ギジェルモ・ソリスの率いる市民行動党(Partido Acción Ciudadana: PAC)である。

2000年に元PLN幹部によって設立されたPACは、1982年以前の社会民主主義政策を復活すると訴えた。このため、PACは左派政党と見なされてきたが、最初からずっと左翼ではない。むしろ右傾化したPLNの主流派に対する「正統派」と考えるべきだろう。

2002年、PACは大統領選挙で26.2%を獲得した。このため首位のPLNと2位のPUSCは過半数獲得が不可能となり、決選投票で対決することを余儀なくされた。

その後、2006年に、PACは大統領選挙の勝利に近づいたが、最終的にはPLNのアリアス前大統領に敗れた。

PLNとその背後の勢力はPACを弱体化させるために、1990年以降減らし続けていた社会的投資を再開し、公共部門の給与を増額した。 この戦略によりPLNは2010年の選挙で46.9%を獲得し、2006年より6%ポイント増やした。

アリアスは大統領に就任したが、つづけざまに汚職スキャンダルが発生し、評判を下げた。2014年、PLNは決選投票でPAC候補のソリスに敗北した。

ソリスは「穏健な新自由主義政策と社会的投資」というPLNスタイルの伝統的方針を維持したが、強硬なビジネス界はそれを許さなかった。お抱えメディアと連合軍を組んでPAC攻撃を開始した。

PAC政権を悪魔のように非難し、最大の支持基盤である公務員を税金と泥棒呼ばわりし、犯罪者扱いする系統的なキャンペーンを洪水のように流し始めた。

ソリスは精一杯抵抗した。かれは累進税率の低減案を拒否した。そして16年には金持ちたちへの反撃を開始した。

政府は、脱税が年間50億ドル近くに上り、国内総生産の8%に達すると非難した。しかし大企業はこれを産業界への侮蔑と捉え、ソリスを見放した。


6.異例づくめの2018年選挙

2017年の初め頃には、メディアのキャンペーンが功を奏し、PACの支持は失われた。かくしてPLNが選挙に楽勝すると思われていた。

しかし経済政策をめぐりPLNは紛糾、大統領候補指名は難航した。アリアス前大統領派は議員アントニオ・アルバレスを支持、反アリアス派は元大統領フィゲーレスを支持した。党大会での投票の結果、アルバレスが指名を勝ち取ったが、フィゲリスタはアルバレス支持を拒否した。

2017年末、世論調査では大統領選が、最終的にPLNと他の党との決選投票になるものと予想されていた。

しかし、その後すべてが変わった。 2018年1月、米州人権裁判所が「結婚の平等」(同性婚)を支持する画期的な判決を下した。この決定は、コスタリカからの2016年の要請に端を発したものであった。コスタリカ政府は同性婚を容認する立場から、同性婚に対する国家の義務に関する指針を求めていた。

ところが、この米州人権裁判所の決定に対し、国内カトリック教会から強力な抗議が巻き起こった。これに米国から進出したプロテスタント福音各派が協賛し、一大宗教プロパガンダが組織された。

2018年総選挙は、19世紀末以来の宗教選挙となった。小さな福音派の党である Partido Restauración Nacional(PRN)がキャンペーンの先頭に立った。

PLNとPUSCはPRNとの論争に及び腰の態度を取り続け、有権者の支持を失った。宗教の介入を嫌う多くの人々は反宗派主義の立場をとるPACに投票した。

2018年2月初旬、宗教戦争の津波がコスタリカを襲った。PRNが第一次投票で首位を占めたのだ。決選投票はPRN、PAC、PLN、PUSCの4つの勢力の組み合わせによって決することになった。

PRNはPLNとの同盟を目指したが、PLNはこれに乗らなかった。一方でPACはPUSCとの選挙合意に成功した。これによりPACとPUSCの連合政権が誕生することになった。

しかしそれはPACにとって逆に命取りとなった。もはやPACは、かつてソリスの訴えた組織ではなく、大地主や金融層のしもべとなっていた。

新政府の大統領となったカルロス・アルバラードは、PUSCも顔負けのゴリゴリの新自由主義を推進した。新政府は中間層と労働者階級を犠牲にしてビジネス寡頭制を支持し、収入と権力を山分けした。


7.22年大統領選を前にした各党の動き

2020年に、政府は予想外の同盟を発見した。「新型コロナ」である。新型コロナは、不況を引き起こし、失業率を急上昇させたが、それに対する大規模な大衆闘争を最小限に抑えたのである。

まずPLNの動き。
多くの党員を集めるフィゲレス派は、2022年の選挙で再びフィゲレスの再起を求めて動いた。これに対しアリアス派指導者は、大会を開くことなしでPLNの候補者を選ぼうと運動を開始した。

しかしそれは失敗し、6月6日にPLNは候補者選出の選挙を実施した。党内選挙と言っても合計43万人が投票し、国の選挙人名簿の12パーセントに相当するマンモス選挙である。

この選挙ではフィゲーレスが37%で首位に立ち、2002年の大統領選挙に出馬したロランド・アラヤ(アリアス派)が27%で続いた。さらに他の3人の候補者はあわせて36パーセントを獲得した。

フィゲレスはすぐに3,4,5位の3候補を取り込んだが、アラヤはPLNではなく独自政党のコスタリカ正義党を結成、そこから立候補することとした。

一方PUSCも離合集散を繰り返した。最初は元々党の一部だった極右派との選挙同盟を模索した。それは強硬な新自由主義と福音主義勢力を旗印とするグループだった。しかし連立工作は失敗に終わり、PUSCは候補者決定のための大会を実施することになった。

大会は6月27日に行われ、3人の候補者が出馬した。 123,161人の投票者の内55.2%がサボリオ候補を支持した。

もう一つの有力政党で現与党のPACは、8月22日に大会を開催した。大会は僅差で穏健な新自由主義者のウェルマー・ラモスを大統領候補に選出した。敗れた対立候補はラモスを支持するか他党との連携を模索するかの気持ちを明らかにしていない。


8.いくつかの政治的不確定要素

PACをふくめた3つの政党が、軒並み支持率を低下させている。一方で、27の政党が大統領選挙に出馬するために登録した。これは、コスタリカの歴史上最大の数である。

2022年の選挙はロシアンルーレットに似ている。一発の事件やスキャンダルが、勝負を決定する。

また幸運にも大統領選に勝利したとしても、立法議会でかなりの数の議席を獲得しなければたちまち立ち往生する危険がある。

この選挙では、左派政党にはほとんどチャンスがない

1980年代に「人民連合」政権が成立したが、内部紛争により崩壊消滅した。1990年代には新左翼政党が出現したが、労働者階級からの支援がほとんどない知識人政党で、影響は限られていた。2014年に左翼連合「拡大戦線」が9議席を獲得したが、まもなく影響力を失い、2018年には1議席しか確保できなかった。

現在の政治情勢は、福音派や強硬な新自由主義者などの極右保守勢力にとって非常に有利になっている。

こうして、ラテンアメリカで最も古く、最も社会的に進んだ民主主義国の1つコスタリカは、人口の大多数の生活条件の悪化、ビジネス寡頭制の強化、Covid-19の大流行のはざまに陥れられている。

そして、政治の主流の政治は、権力のより限られた層への集中と、収入のより不平等な分配を約束するだけの政治に絡み取られている。


Nacla 
December 17, 2021
「コスタリカ:危機に瀕する民主主義」
Costa Rica: A Democracy on the Brink

https://nacla.org/news/2021/12/17/costa-rica-elections
著者 Iván Molina: the Centro de Investigación en Identidad y Cultura Latinoamericanas


リード

コスタリカの2022年の選挙が行われる。

格差と不平等はますます広がり、有権者の不満が高まっている。その結果、大統領候補の数は記録的なものとなりそうだ。

しかし候補者の顔ぶれを見ると、この選挙はさらなる不平等を呼びかねない危険を内包している。
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1.選挙を前にしたコスタリカの社会状況

2018年の大統領選挙は思いがけず宗教的色彩の強いものとなった。

それから4年、さらに社会の不確実性が高まるなかで、22年2月6日に、大統領と立法議会議員57人の選挙が行われる。

4年前の選挙以来、野卑なネオリベ、コロナ大流行、それに引き続く景気後退が相次いだ。それらは失業率を記録的なレベルに押し上げ、不平等を悪化させ、国の長期にわたる債務危機を激化した。

2018年と2019年には、税制改悪と労働組合規制法に対する抗議が国を震撼させた。そして2020年には、国際通貨基金からの融資をめざす政府の計画が明らかになり、新たな不安を引き起こした。

2022年選挙を前にしたコスタリカは、2019年の社会的暴動の前のチリにますます似て来た。


2.何がコスタリカに政治危機をもたらしたのか

パンデミックだけが、コスタリカの民主主義に危機をもたらせたわけではない。何年にもわたる新自由主義による社会の細分化と政治分野の再構成は、選挙の場をアノミー化してきた。

その結果、左派の政治家は労働者階級からほとんど切り離されてしまった。政党は信条を放棄し、投票率の低下と相まって政治地図の激変をもたらしている。

このふたつの傾向は、社会の不平等と市民の不満によって増幅され、この国に深い亀裂を生んでいる。

2022年の選挙は、このような社会の思想的後退を背景に、強力な親財界グループが進出する可能性がある。それは結果的に、2018年型の政治体制の維持に繋がるだろう。


3.二大政党制の半世紀

1948年に内戦が起きた後、2つの政治勢力がコスタリカを支配した。国民解放党(PLN)とその反対派である。

1978年まで政権を握ったPLNは、共産主義を封じ込めることを最大目標とした。そのために国家の介入を増やし、一方で社会投資と所得の再分配を促進した。PLNは、民間の組合運動、特に共産党主導の運動を弾圧する一方で、公務員の反共御用組合を奨励した。

反PLN派は、古いコーヒー寡頭制の利益を代表する政治家で構成されている。彼らは国家の介入に反対し、市場の規制緩和を擁護した。

1976年に反PLN派の政党は統一連合(Coalición Unidad)を組織した。それは1983年にキリスト教社会統一党(Partido Unidad Social Cristiana)統一された。その略称をとってPUSCと呼ばれる。

この後、コスタリカは2つの保守政党が二大政党制システムを構築する。1986年から1994年までの選挙では、PLNとPUSCをあわせた票が有効投票の97%以上を占めた。

1982年、深刻な経済危機の中で反PLN連合政権が破綻し、PLNがふたたび権力を握った。PLNは疲弊した国民生活を立て直すことが期待された。

しかしIMF・世界銀行、レーガン政権からの圧力を受けたPLN政府は、債務返済を至上目的とするネオリベラリズム政策をとり始めた。PLNはだんだんPUSCと違わなくなっていった。そして1990年にPUSCに敗れた。


4.PLNの右転換が政治不信を誘う

党内危機の進展により、1994年の選挙では重大な変化が起こった。PLNの大統領候補であり、党創設者の故フィゲーレスの息子ホセ・マリア・フィゲーレスが、 新自由主義の拒否を宣言するに至ったのである。

それは欺瞞であり、フィゲレスが勝利するための戦術でしかなかった。

それがフィゲーレス当選のあと、まもなく証明された。彼はPUSCのカルデロン前大統領と協定を結び、新自由主義を推進することで一致した。

その経済政策は広範な一般大衆の抗議に直面した。彼は暴力的な弾圧で応えた。その結果、PLNとその支持者の間に相互不信と深い亀裂が形成された。

フィゲレスのついたウソの犠牲は莫大だった。1998年と2002年には2回続けて大統領選挙に敗れた。PLNが後退しただけではなく、民主主義が後退した。人々は投票所に行かなくなった。総選挙の投票率は、1982年の約81%から1998年には70%に低下した。

さらに両党の元大統領が関与した汚職スキャンダルを受けて、2006年に行われた選挙では、投票率は65.2%に低下した。両党の得票は、あわせてもわずか44.5パーセントだった。




 昨日の赤旗、国際面の短信記事。


まず、この記事に掲載価値があるという判断はどのようになされたのか。

第二に、私たちは民族自決の視点から「一つの中国」の立場をとっている。2つ以上の国内勢力の併存を認めることは、その国が内戦状態にあるという認識を示すことになる。
どの国であれ、中国と国交を結ぶなら、台湾との国交を断つのはそれ自体は当然である。米国でさえもそうしている。

第三に、事実誤認がある。この大使館は中国大使館であり、台湾大使館ではない。台湾も「中国の正統な代表」を自認していた。私もニカラグア訪問時、レセプションで「中国大使」と挨拶を交わしたことがある。

個人的には、「台湾も国家に準ずる組織であるのは間違いない」と考えており、その半公的組織が所有権を訴えるのなら、議論の余地はあるかと考える。例えば東京では「台北駐日経済文化代表処」がこれに相当する。
ただ最終的にはニカラグア側の判断に属する事柄である。これまでの中国承認国がどのように差配したか、寡聞にして不承知だが、おそらく日本をふくむ多くの国で台湾側に明け渡しを求め、中国側に引き渡したのではないかと推量する。


第四に、「重大な国際法違反だ」、「提訴を検討する」という台湾側のコメントは、そもそも国際法違反ではないのだから誣告に相当する。
それを無批判に紹介し、ニカラグア側の反論を載せないのは、台湾側の主張を理解しているかのように受け取られても仕方がない。
それ自体が深刻な内政干渉行為ととられかねない。国際法に対する感覚を疑わせる記載である。




日経新聞「脱炭素加速 インフレ圧力」より

最近わかったことがある。加速しつつあるインフレはコロナ後の景気回復に伴う揺れ戻しが原因ではない。
コロナ後インフレは、ある意味(株高)ではもうとっくに来ているし、ある意味(実需回復)ではまだ来ていないと言える。

しかしいまのインフレは、そのどちらでもない。いまのインフレは、資源開発の鈍化による人工的インフレだ。パリ協定が成立した後、「座礁資産」化を恐れて、炭素エネルギーへの開発投資が縮小した。これが慢性的な商品・輸送力不足を生んでいる。

それは下手をすると庶民を生活苦となって襲い、新興国や途上国にもっとも過酷なしわ寄せをもたらす最悪のインフレとなる可能性がある。
27日の日経新聞では、これを「グリーン・インフレーション」と呼んでいる。


 
この図ではすべての影響を列挙しているが、当面最大の問題は、OPECの生産調整を象徴とする供給サイドの模様眺めである。

記事の内容に入っていく。

1.何が起きているか

まずは天然ガス(LNG)の需要急増である。これは3つの要因に支えられている。石炭供給の減少、原油採掘量の停滞、再エネの異常気候による低下である。
それではLNGの供給は需要に応じて増加しうるのか。ここが問題で、LNGも脱炭素の主敵のひとつなので、供給元の開発意欲は低い。21年の開発投資は世界で3千億ドル。これはピークだった14年に比べ26%少ない数字だ。

つまりエネルギー資源としてのLNGへの過度の集中、しかしLNGは増産どころか減産の危険すらある。これは位相的とは言えず、構造的インフレというしかない。


2.LNGの価格高騰は何をもたらすか

LNGの需要急増は価格高騰をもたらす。欧州のLNGは12月に入ってMW/時 24,000円まで上昇した。これは1年前の5倍である

「風が吹けば桶屋が儲かる」のはなしではないが、LNGが上がれば、電力料金が上がる。電力料金が上がれば、電力を必須とする非鉄金属の生産価格が上昇、そもそも商品が市場から消滅する。


3.需給インフレは金融には解決できない

FRBは利上げの早期実施で対応しようとしている。しかしそれは有害無益の可能性がある。需給インフレは需給関係の調整を通じてしか解決できない。そうでないと、それはスタグフレーションという地獄への扉を開けることになる。

それは資源インフレという形で新興国から手足をもぎ、高金利という形で新興国から資金を奪い、脱炭素計画の最悪のコース、「新興国や途上国を原始時代の生活に突き落とすことにより、脱炭素を実現するというコース」を辿らせることになる。

いま大事なのはタイムテーブルではなく脱炭素社会へのロードマップなのではないだろうか。


というわけで、第一生命経済研究所のHPから


という記事、著者は柏村 祐さんという方だ。

1.仮想通貨と暗号資産

2009年、ビットコインが登場した。このときは仮想通貨という呼称だった。

その後2018年に、金融庁は呼称を暗号資産に変更、一本化すると発表した。

しかし市中では相変わらず仮想通貨のほうが一般的である。
そもそも「通貨」を「資産」扱いする理屈が無理だ。

仮想通貨はインターネット上でやりとりできる通貨で、法定通貨とも交換できる。


2.話題となったリブラ

仮想通貨の代表が「ビットコイン」や「イーサリアム」だ。しかしこれらは価格の変動が大きく、1日に数十万円も価格が上下する。

したがって投機的投資の対象とはなっても、決済手段として通貨代わりに利用するのは難しい。

これに関して、2019年6月にフェイスブックが「リブラ」を提唱した。

フェースブックは、外国送金のコスト、送金時間の改善を目指した。そして途上国の人々の金融アクセスを実現しようと図った。

これが決済通貨を目指すステーブル・コインの先行モデルとなっている。


3.米国政府は積極推進へ

米国の金融安定理事会はこの提起に対し積極的に反応した。そして20年10月に『グローバル・ステーブルコイン』の規制・監督・監視に関する報告と勧告を発表した。

主な内容は、
1.従来型仮想通貨の不安定性を通貨と紐付けることにより安定させるもの
2.決済の効率化に大きな進歩をもたらす
3.一般大衆の金融アクセスを容易にし、サービスの恩恵を及ぼす可能性がある
とし、推進姿勢を明確にした。

その上で、運営会社が価値総額と同額の現金やCPを準備金として積み立てることをもとめている。

要するに誰でもできるわけではなく、一攫千金の夢もない、一種の決済銀行である。


4.ステーブル・コインの拡大

11月現在、Tether、USD Coinなど70種類におよぶ「ステーブルコイン」が存在する。市場規模は800億ドルに達している。

一方で、米商品先物取引委員会は、テザー社が虚偽表示を行ったと告発するなど、取締り姿勢を強めている。

ということで、ドル支配力の強化のための手段ではあっても、ドル支配体制を侵食し、アナザーワールドを作り上げる可能性はほぼない。



恥ずかしながら、最近はほとんど赤旗を読まなくなってしまった。
そもそも活字離れといえば聞こえはいいが、活字を読んでいると小一時間で辛くなってくる。

眼科の先生には、まだ眼鏡で調整可能と言われているが、そろそろ眼内レンズの適応かとも思う。

それだけではないのだが、貴重な活字読み可能時間を有効に使いたいので、どうしても日経新聞が優先になってしまう。

というわけで、本日は25日の日経土曜版、一面右肩の記事
「デジタル通貨で貿易決済」というもの。
脇見出しは「東京海上 最大1ヶ月が即時に」となっている。

これからの計画という段階なのだが、手続き的には以下の通り。

1.輸出元企業は船会社から電子化した船荷証券を受け取り、輸出先に送信する。

2.輸出先は船荷証券を受け取り次第、輸出元のデジタル通貨口座に代金を支払う。

3.デジタル通貨(ステーブル・コイン)で貿易代金の決済を行うと、1ヶ月かかっている決済が瞬時にでき、コストも3分の1に下がる。

計画を担うのは「NTTデータ」と「スタンデージ」社。2年後の導入を目指す。

話だけ聞けば、決済型に特化し、ドルと連動するデジタルコインということで、デジタル人民元と発想は同じだ。



このドル連動型の仮想通貨は世界中で急速に広がっている。

JPモルガン・チェースはすでに昨年から国際決済に特化したデジタル通貨「JPMコイン」の運用を開始している。

ただこの手のデジタル通貨は、真の意味で暗号通貨と言えるのか? 主催機関の母国や支配国、端的には米国の干渉を拒否できないのではないか。

このシステムでは米国によるドル支配は弱まるどころかむしろ裾野を広げ強化されるばかりではないか。とにかく、ステーブル・コインについて勉強が必要だ。

日経新聞19日の日曜版から。
いままではあくまでキャパがメインの紹介で、タローの方は協力者という扱いだったように思う。
しかし今度の特集は全く違っていて、題名こそ「ゲルダとキャパ、戦場カメラマンの青春」となっているが、テーマはゲルダだ。吉田俊宏さんという方が紹介している。
中でもはじめてみたこの1枚にすっかり参ってしまった。

なんとヒールを履いた戦士だ。それが懸命な表情でピストルを構え、あちらを睨んでいる。
彼女は見事にジグゾー・パズルの駒になりきっている。その2つの要素が人民戦争の本質をえぐり出している。

Vogueに掲載されてもおかしくない様式美と、置かれた状況の過酷さが1枚の写真に共鳴りしている。
吉田さんはキャパとタローをともに「戦場写真家」と呼んでいるが、たしかにそうではあろうが、タローはむしろ、「戦場に踏み込んだ芸術写真家」と呼ぶべきではないだろうか。そうでなければブローニー判のカメラなど使わなかったはずだ。




裏面の印刷を消そうと思ったが、それだと断髪の乱れと、横顔の稚な気さが飛んでしまう。なんとかならないかと、ネットで写真を探したが、もっと小さな写真しかない。

多分このブランケット二面にわたる特集に載せられた3枚の写真がタローの代表作なのだろう。
そしてもう一枚がこの写真。本人のとった写真ではなく、被写体となった写真だが、天国のような幸せ感と美しさにあふれている。
しかし、一見したらパリジャン然としているが、二人共にユダヤ人であり、母国の権力から追われる亡命者であるという意味で二重のエトランジェだ。
それは、この時代特有の「あってはいけない残酷さ」を秘めた、ほんの束の間の幸せ感と美しさと思える。





ゲルダ・タローの生きた道

吉田さんの記事から、ゲルダの略歴を拾う。
本名はゲルタ・ポホリレ。1910年ドイツでユダヤ人の子として生まれた。反ナチ運動に参加して逮捕、勾留された。
34年釈放後、9月にはフランスに脱出。モンパルナスに居を構える。その月、近くの公園でキャパと知り合い意気投合する。彼女は写真家キャパの売出しに回り大いに力を発揮した。
36年夏にスペインで内戦が始まると、二人は直ちにスペインに入った。女性兵士の写真はバルセロナ入りしてまもなく、海岸で射撃訓練をしていたところを撮影したもの。フランスの写真誌にはキャパの作品として紹介された。当時の「キャパ」は、後のキャパ(フリードマン)との共同のペンネームであったからだ、とされる。
明くる1937年7月、ゲルダは従軍取材中に事故に巻き込まれなくなった。


この写真の撮られたのは1937年7月とあるから、死の直前である。最前線での取材なのに、どうしてこんなにおしゃれなんだろう。この格好でそのまま死んだのでは、と思わせる遺影である。「新品」だったそのカメラは、やはりパトローネ式の6x6判だ。

そして一瞬の時代の子、ゲルダの名は歴史に埋もれていった。そして、2007年に大量のネガが発見されてから注目されるようになったと言う。



By Andreína Chávez Alava
Dec 19th 2021 
Venezuela Analysis

はじめに

ベネズエラは、イランとの提携を強化しながら、着実に石油生産を伸ばしている。
石油収入は、最近の原油生産と輸出の増加を受けて、来年度政府予算の61パーセントに達する利益を上げると見られる。

OPECの報告によると、ベネズエラでは11月に1日あたり平均62.5万バレルを産出した。

これは、前月から15,000バレル増加した。政府は、年末に1日100万バレルの目標を設定している。

2017年以降、旧トランプ政権は政府転覆を目指し、金融制裁、本格的な石油禁輸、および多数の二次的措置を課してきた。

さらに2020年初頭以来、制裁強化により石油産業を国際市場から締め出した。それ以来、生産量は60万バレル/日を割り続けてきた。

その結果、ベネズエラの国家歳入は大幅に縮小し深刻な経済危機をもたらした。

バイデン政権はトランプの制裁政策を続け、さらに強めている。


イランの支援

マドゥロ政権は、資本、市場、資源をもとめ、ロシア、中国、イランなどの支援を受けてきた。さらに原油生産の回復のために、イランと連携を強めてきた。

とくに「イラン産濃縮液?」( Iranian condensate)の安定供給が最近の産油量増加の鍵となっている。

イランは7月以来、3回にわたり460万バレルの混合材料を出荷している。今週には第4回目のタンカーがベネズエラに着岸している。

この「濃縮液」はオリノコ川油田で産出された超重質原油と交換され、輸送される。

PDVSAとイラン国営石油会社は、今年9月、ベネズエラ超重質油とイランの濃縮液とを交換するスワップ協定を締結している。

これは、米国の制裁を回避するための、両国間の継続的な協力として位置づけられている。


急増するベネズエラの生産と輸出

ベネズエラの輸出もここ数ヶ月で急増している。PDVSAの出荷は1日あたり50万バレルまで上昇している。

その主な最終目的地は中国である。

ロイターによると、石油収入の増加分は来年度国家予算の61%に相当するという。ただし来年度予算の学について知っているものはいない。

12月14日、ベネズエラ国民議会(AN)は、約130億米ドルの来年度予算を承認した。これは今年度の総額より60%増となっている。

デルシ・ロドリゲス副大統領は予算説明で、「支出の77%が社会対策にあてられる」と説明している。


通貨安による輸出への貢献

また、現地通貨を守り、インフレと闘うとし、取引税の減額を行う法案を検討中だと述べた。

この3ヶ月、物価上昇は10%以下にとどまっている。これは2016年以来初めてのことだ。

ベネズエラ中央銀行(BCV)は、今年の累積インフレ率は631.1%まで低下すると報告した。

通貨安は石油以外の輸出産業にもチャンスをもたらしている。ベネズエラ輸出業者協会(AVEX)は、海外売上高が30%増加したと報告した。

輸出の大部分は、海産物、カカオ、チョコレート、木材、トロピカルフルーツなどの資源産品である。


通貨不安の足かせが外れつつある

デジタル・ボリバル(原油を担保にした仮想通貨)は各種のデジタル通貨と有効に交通している。今後はデジタル・ボリバルと米ドルの為替レートを安定させるため、継続的な取り組みを展開する。

国際機関は、ベネズエラが7年間の不況をへて景気回復を果たしつつあると報告している。

10月、クレディ・スイス銀行はベネズエラのGDPが2021年に5.5%増加するだろうと予測した。

しかし米国の金融および石油制裁は依然として国に重くのしかかっており、予断は許さない。


マドゥーロ大統領の決意

12月17日、マドゥーロはツイッターで決意表明した。

2021年は経済的および政治的安定が見られた年となった。来年はもっと良い年となるだろう。
誰にもベネズエラの人々が幸福を求めているのを阻止できないし、そのような権利もない。私たちは勝利の日まで闘い続けるだろう


2021年12月20日
People's World(旧イギリス共産党機関紙“Daily World”の後継紙)

チリ国民はガブリエル・ボリックを大統領に選出
超保守候補を拒否

https://www.peoplesworld.org/article/chileans-elect-gabriel-boric-president-reject-ultra-conservative-candidate/

         ボリックの勝利を祝う左派連合の集会

12月19日、大統領選の決選投票が行われた。
億万長者のカスト候補(キリスト教社会戦線)を破り、左翼連合のボリック候補(35歳)が勝利した。
それはこの国を支配し続けたピノチェト独裁政権の最終的敗北を意味する。

ピノチェト残党は、1990年に独裁が終わった後も大きな影響を残し続けた。ピニェラ前大統領は、ピノチェト残党の復権をさえ画策した。

それは2019年10月、大規模な抗議を呼び起こした。デモ参加者は青年、労働者、年金受給者、先住民の権利を要求した。

彼らはまた、1980年にピノチェトが作った憲法に代わる新しい憲法を求めた。

民衆の抗議運動に屈したピニェラ政権は、今年5月に新憲法作成のための憲法制定会議を創設せざるを得なかった。

左派が多数を占めた制憲会議では、いま、ピノチェット時代の法律と規制を違憲化=無効化しようとしている。

しかしカストが大統領になれば、新憲法の承認と実施には大きな困難が発生しただろう。

大統領選挙の経過

11月21日、第一次投票が行われた。7つの政党が候補を擁立した。

この投票では1位がカストで28%、2位がボリックで26%だった。

この投票で注目すべきことは、投票率の47%という低さである。

そしてこの度の決選投票ではボリックが56%を獲得し、44%のカストに圧勝したのである。

この時の投票率は55%に達した。国民は最終レースに的を絞ったのである。


左翼を支えた社会運動

チリでは非民主的制度のもとでの政党への不信があり、選挙・投票行動はあまり盛んではなかった。

チリの社会運動には2008年と2011年の学生・高校生運動と2019年からの市民運動という大きな流れがある。

新大統領のボリックも、この流れを代表する若者の一人である。

チリ南部で育ったボリックは、2011年の学生運動の高揚時に、指導者として注目を集めるようになった。

彼は政党に属さず、無所属の候補として国会議員となった。彼の主な公約は、先住民の権利を保護し、年金改革と公教育を支援し、国民皆保険を導入し、富の不平等の削減に取り組むことであった。


左翼統一候補の選出過程

2021年7月、左翼統一候補を決めるための予備選挙が行われた。

ボリックは最有力候補であった。ボリックは「社会集中党」を組織し、中道左派の諸政党を中道左派連合に結集した。共産党を中心とする左派連合は、大サンチアゴ市のレコレータ区長であるダニエル・ハドゥエを擁立した。

ボリックが勝利し、左派はボリック支持で一致した。こうして強固な左翼連合が形成された。


大統領選挙の争点

カストは選挙戦当初より、強力なイデオロギー攻撃を仕掛けた。

それは第一に激しい反共攻撃であり、第二に家族の絆を壊す人工妊娠中絶に反対するというキャンペーンだった。

彼には誇るべき家族があった。彼の兄弟には経済学者、労働大臣、中央銀行総裁がいた。いずれもピノチェット独裁政権を支えた人たちであった。

彼の家族には隠しておきたい事実もあった。彼の父はドイツ移民であり、ドイツ在住時にはナチ党のメンバーだった。

彼の政策がチリをどこに導くかは最初から明らかだった。それは恐ろしいものであった。

カストは「秩序を立て直す」ことを訴えた。そのために

1.「軍に超法規特権を付与する」ことをもとめた。

2.権力の過剰な行使により訴えられた警官に法的防衛を与えることをもとめた。

3.大統領に反対運動を取り締まるための実力行使権を与える。

反急進左派の国際連合を結成し、過激派分子の捜査、逮捕、起訴に至る協調を実現する。

(そして最後に)国連を離脱する。


ヒロシマ船舶司令部の24時間

以下は佐伯文郎「広島市戦災処理の概要」から堀川惠子さんがまとめたものを、その梗概という形で紹介したものである。
堀川さんの原著は、今年7月発行された「暁の宇品…陸軍船舶司令官たちのヒロシマ」(講談社)というものだ。
なかなかしんどい読み物だが、この本を書いた経過が、はるかにしんどいものなので、文句は言えない。


佐伯文郎船舶司令官

午前8時15分 広島市中心部上空で原爆が爆発。爆心に位置した中国軍管区司令部、広島駅近くの第2総軍司令部などの軍中枢は、瞬時に機能を失う。
第2総軍司令官畑俊六は奇跡的に死を免たが、指揮を執る部隊は壊滅していた。

午前8時20分 爆心から4キロ離れた宇品の船舶司令部では、佐伯司令官が指揮をとり、篠原参謀らを偵察に出す。

篠原隊は中心部から2.3キロの御幸橋まで進むが、そこから先はすべての建物が倒壊して進めず。
篠原隊は御幸橋を渡らず、北方に迂回。数百メートル先の富士見橋から市内に入る。多発する火災の中を徒歩で市役所前まで到達。
さらに北上し、軍管区司令部まで1キロ足らずの地点まで進むが、火炎はますます盛んとなる。火災が神谷町方面まで燃え続いていることを確認し、進行を断念。退却に入る。

救難・救援部隊の展開方向

各偵察隊が船舶司令部に帰投。宇品の部隊のみが唯一の機能兵力であることが確認される。

午前8時50分 佐伯司令官は全力を上げて救援活動に注力するよう指令。途絶した陸上交通にかわり船舶の最大限活用を促す。

以下は、佐伯文郎「広島市戦災処理の概要」による。

最初の指示概要は以下の通り
1.消火艇が出動。京橋川両岸の消火活動を開始。
2.救難艇が出動。京橋川を朔江し救難活動を展開、患者を似島に護送する。
3.深刻な被害を受けた千田町(比治山)の船舶通信補充隊に対し救援活動。
4.宇品への火災波及に備え、破壊消防を準備。
5.幸の浦の特幹隊は現場待機とする。

午前9時30分 偵察活動により、元安川東岸にも火災が広がっていることが確認される。
これに対し、
1.消火艇2隻が出動。元安川を朔江し、赤十字病院周辺を中心に消火活動。
2.救難艇3隻が出動。患者の救難にあたる。

午前10時 船舶司令部で高級参謀会議。これが米国の新型爆弾によるものであり、原子爆弾であろうとの認識で一致。
陸軍大臣と参謀総長あてに下記を出信。
「B29、4機広島に来襲し、原子爆弾一を投下。広島市大部壊滅す」
有名な御幸橋の写真

京橋川の火災、東岸から西岸に拡大。
1.船舶衛生隊が出動し傷者を救護、船舶練習部から救護班を編成し、衛生隊を支援。広島船舶隊がさらに傷者を似島に後送。
2.野戦船舶本廠から100名を選抜し、専売局付近で破壊消防に当たらせる。(船舶司令部を保全するためか?)
3.エンジン付きはしけ4隻を元安川南大橋付近に出動し、救難活動。

午前11時30分 佐伯船舶司令官、隷下部隊に、平常業務を中止し救護に入るよう指示

午前11時30分 似島収容所の救護が繁忙となったため、第10教育隊より100名を増派。

午前12時 比治山北側地区に火災が拡大。海上防衛隊の消火艇隊の一部が猿猴川を遡上し、当該部の消火にあたる。

昼前までに、江田島の㋹特幹隊も救護・消火作戦への参加を命じられ、大発・特攻艇で進出する。

昼前後 宇品の凱旋館大広間は被爆者の一時収容所となる。収容者数は1千から2千へと達する。
凱旋館が満杯となった後、傷者は逐次舟艇で、似島、金輪、坂、鯛生、小屋浦、楽々園方面に後送される。

午後1時30分 佐伯船舶司令官、電報班を除く全司令部員に常務を停止し救護に専念するよう指示。

午後 指示の内容は救護救援から、補給任務(防疫給水、衣食配布、炊き出し)など多岐にわたるようになる。
補給路が限られるため、指揮系統の分散は不可能。このため佐伯司令官が頻回に指示を出し、各隊に電報で伝達される。

午後4時50分 船舶倉庫より食糧・衣類を放出。宇品方面及び己斐方面の2方面より都心に波及せしむ。

夕方、偵察将校が第2総軍と接触。軍はほぼ壊滅状態にあったが、幕僚と連絡がついた。総軍命令を受け隷下に入る。
これに基づき、あらためて警備並びに戦災処理の任につく。

夕方、佐伯司令官は第2総軍の指名を受け「広島警備担任司令官」に着任。船舶部隊に加え、広島近隣の陸軍全部隊を配下に入れる。

佐伯の指示で広島市内を東、中、西の3地区に分け、それぞれを船舶兵団、船舶練習部、野戦船舶本廠に受け持たせる。

各地区は佐伯の司令を待つことなく、現場の状況に応じて独自に判断させることとした。

夕方、佐伯は新任務を追加。
1. 救護・警備の6つの重点地区を定める。
2. 当初は傷病者・難民の対応を、ついで交通路の確保、ついで保安・警備の確保。
3. 現体制を維持しつつ、翌日昼までに逐次、新配備に移行する。

金輪島などの基地で炊き出しが始まり、市内進出部隊に食糧が届けられる。

8月7日朝

布告「広島市民ニ告ク」が市内重点地区に張り出される。

今回の事態は米軍の、人道上許すべからざる特殊爆弾によるものだ、
佐伯船舶司令官が広島警備担任司令官に任ぜられたこと、
闘魂を振起し、戦災復旧への協力を望む。


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ここまでが、堀川さんの本から拾い上げた、「船舶司令部の24時間」である。

当時の軍部の発想からは到底考えられないような、迅速果敢な行動が次々に積み上げられていったことはまことに興味深い。

堀川さんも指摘しているとおり、いわば佐伯氏の手記にもなっていることから、客観性が問題となるところもある。

堀川さんは、佐伯の行動の蓋然性を関東大震災後の机上演習にもとめている。おそらくそれは正解であろう。デザスター時の対応が頭に叩き込まれていた可能性がある。

ただ、それがすべてで、そこにはパッションの問題はなかったのだろうか、

というので、私は8月7日の朝、市内各所に張り出された司令官布告の文章が気になる。

人道上許すべからざる特殊爆弾」による被害という一文である。もしこれが、間違いなく7日の朝に出した「布告」の文章だとするのなら、この指摘はきわめて新鮮である。

軍隊の発想から抜け出している。と言うより、それどころではなく、時代を突き抜けている発想だとしか言いようがない。

世界の歴史で最初の原子爆弾が投下され、爆発したその日に、その場所に、「何よりも人の道から外れたものであるがゆえに、許せないものだ」と喝破した最初のひとがいた、ということを、私たちは記憶に留めておくべきだ。

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ここから下は、「中国新聞」に掲載された被爆直後の救護活動の時刻表である。ヒロシマ新聞というネット紙からの再転載だが、このサイトは現在は消失している。
かなり補い合う情報もあるので、再掲する。

元記事は 


ヒロシマ新聞より転載。午前9時ころ、宇品の船舶練習部から中心部方面をとった写真である。おそらく2,3キロ位のところまで煙(二次火災)に包まれており、それから先は見えない。

直後 船舶司令部は、佐伯文郎司令官の指示で第二総軍、県庁、市役所などに電話連絡を試みる。いずれも不通のため、兵士を各方面に偵察に出す。

午前8時50分 消火艇、救護艇を川から市中心部へ派遣。あわせ救護、消火活動に各部隊を振り分ける。(宇品には全国から徴用された民間船が集結していた)

午前9時 被災者が船舶司令部に集まり始める。当初は被害を受けてない軍医二人、衛生兵三人、看護婦五人が治療に当たる。

殆んどが全身火傷で、すすだらけで黒ずんだ顔。髪の毛や衣服はぼろぼろに焼けちぎれ、肌は焼けただれたり火ぶくれになっていた。皮膚はたれ下がり、又、皮膚や肉片が衣服にくっついていた。担架に乗せようとすると皮膚がずるりと剥けて、手のほどこしようがなかった。
…火傷臭と死臭の漂う収容所内で何度も遺体の搬出をおこなった。船で似島(検疫所)へ移された。

午前11時 佐伯司令官、中国地方の各基地に対し、「敵の新型爆弾が広島市に投下さる。各基地は全力を挙げて復旧救援に従事せよ」との指令を発出。

午前12時 江田島・幸の浦基地の部隊(船舶練習部第十教育隊)が宇品に到着。そのまま市内に進出し救援作業に当たる(この部隊は特攻隊で、ボートで敵船に突っ込む訓練をしていた。マルレ艇を見よ)

午前12時 千田町の広島電鉄本社に指揮所を設置。負傷者の救護にあたる。宇品では対応できないと判断した司令部は、対岸の似島検疫所へ船による輸送を始める。(金輪島へも多くの負傷者が運ばれている)

午後1時 宇品地区の水道が減水。幸の浦基地より衛生濾水器を輸送し、水を確保。罹災者に乾パン、作業着、蜜柑缶詰などを配給する。

午後2時 この時点までに収容した負傷者は1300人。その後も後を絶たず。

夕方 船舶教育隊(石塚隊)が紙屋町、八丁堀のあいだの屍体発掘作業。

7日、船舶司令部の佐伯司令官が「広島警備本部」として市内の救援活動や警備活動の指揮をとることとなり県庁・県防空本部を指揮下に入れる。


中国ブリーフィング

採取更新 2021128

決裂から再開へ: バイデン以後の米中経済関係タイムライン

US-China Relations in the Biden-Era: A Timeline

 

バイデン政権の発足

2021120日 バイデンが第46代大統領に就任。一連の大統領命令に署名する。そこではCOVID-19、気候変動、不平等と人種差別などの解決を優先した。中国との交渉は急がないと語る。

 17日目:25日 ブリンケン米国務長官が楊潔篪(ようけっち)と電話会談。ブリンケンは人権を強調し、楊は内政への干渉をやめ、中国の主権を尊重するよう求めた。

 22日目:210日 バイデン大統領と習近平が最初の電話会談。米国側は経済慣行、人権、台湾に関する懸念を強調し、中国は相互尊重、協力、対話に焦点を合わせた。

 50日目:310日 バイデン政権は、コロナ対応のため中国発の医療製品への関税を除外。

 51日目:312日 Huaweiを含む5つの中国企業が、米国の新しいブラックリストに 選ばれる。これにより投資・供給・購買に制限が課せられる。

 31757日目 香港での北京の政策に関連して、24人の中国・香港当局者を制裁。これらと関係した外国の金融機関は、米国の制裁の対象となる。

 

最初の大規模な決裂

5860日目:31820日 アンカレッジでの最初のハイレベル会議。米国からブリンケンとサリバン、中国から楊潔篪と王毅が出席。双方が公開の場で非難を応酬。

米国は「ウイグル、香港、台湾、サイバー攻撃」などを指摘。楊潔篪は、米国が中国を「見下している」と非難する。

 62日目:322日 EU、米、英、カナダがウイグル問題で中国を共同制裁。中国は 10人のEU市民と4つの団体を報復制裁。

HM、ナイキ、アディダス、バーバリーなどがウイグルでの強制労働に懸念を表明、中国はボイコットで応答。

 79日目:48日 米国商務省、中国のAT企業7社の活動を禁止。米企業のこれらとの取引を禁止。

 79日目:48日 上院外交委員会のメネンデス委員長ら、超党派の「2021年の戦略的競争法」で合意。

「中国の世界的な影響力に対抗し、米国のリーダーシップを維持する」ことを目的とする。300ページにわたる広闊な制裁法案。

 87日目:416日 ジョン・ケリー元国務長官(現気候変動問題担当特使)が上海を訪問。バイデン政権の高官による中国への最初の公式訪問となる。

「気候危機に取り組み、パリ協定の実施を完了し、グラスゴーでのCOP26を成功させるために協力する」ことで合意。

 87日目:416日 日本の菅義偉首相が訪米。「台湾海峡の平和と安定の重要性」について認識を一致。「中国の台頭に対抗するために同盟を強化すること」で合意。

 132日目:61日 イエレン財務長官と中国の劉鶴副首相との電話会談。「米中経済関係が非常に重要である」との認識で一致。

 134日目:63日 バイデン大統領、防衛技術部門の中国企業59社に、上場と対米投資を禁止する大統領令。

 139日目:68日 米国上院が「2021年の革新と競争法」を可決する。

制裁条項に加え、さらに2500億米ドル以上を投じ、5Gイノベーションを促進する。

 141日目:610日 全国人民代表大会、反外国制裁法を承認。米国とEUの制裁に対抗するための法的基盤。

 

G7NATOと「疑似多国間主義」

 142日目:611日 楊潔煥とブリンケンの電話会談。ブリンケンは、香港、ウイグル、台湾の問題を指摘し、コロナウィルスの発生源問題にも触れた。

一方で、朝鮮半島の非核化、イランとミャンマーなどでの「共有された世界的課題」、気候危機などについて米中協力の可能性を指摘した。

楊は「一つの中国の原則」を強調し、米国の「疑似多国間主義」を批判した。

 613144日目 G7首脳会議。ウイグル、香港、コロナで中国を非難。「世界経済の公正で透明な操作を推進し、非市場政策や慣行に挑戦する」と声明。

 145日目:614日 北大西洋条約機構(NATO)会議、「中国の表明した野心と断定的な行動は、国際秩序に体系的な課題を提示している」とし、「対ロシア同盟」から「対中国」への衣替えを宣言する。

中国は、「NATOは中国の軍事力を誇張してはならない。中国はNATOに対しいかなる挑戦も行わない」と反論。

 154日目:623日 米国、ウイグルからのソーラーパネルの輸入を禁止。中国の関係5社への制裁も強化される。

 170日目:79日 米国、23の中国企業を「人権侵害と虐待に関与している」とし、経済ブラックリストに追加。

 175日目:714日 米国上院、「ウイグル強制労働防止法」を採択。ウイグル自治区からの商品が強制労働によって製造されていると仮定する無茶苦茶な推定を前提とする。

 184日目:723日 中国は7人の米国市民と団体に「反外国制裁法」を適用。ヒューマン・ライツ・ウォッチや「香港民主主義評議会」が対象となる。

大橋英夫氏によれば、

米国は議会、G7NATO、人権NGOなど持ち駒のすべてを晒した。しかし明瞭な効果を上げたものはなく、外交は膠着状態に入った。シャーマン国務副長官が訪中したが、格段の成果はなかった。

年表ではこの後62日にわたり記載が途切れるが、大橋氏はこの間の経過を細かく追っている。

 

雪解けの兆し?

8月末 ケリー気候変動担当大統領特使が訪中。韓正副首相、楊潔篪、王毅とオンライン協議。

8月末 新駐米大使秦剛が着任、対話と協力を呼びかける。

99日 米中首脳電話協議。「両国の利益が重なる分野、利益・価値観/認識が異なる分野に関して開かれた率直な関与をすること、競争を紛争にしないことを確実にするための協議を行うこと」で合意。米国側は台湾・ウィグルに言及せず融和的姿勢を示す。

921日 国連総会、一般演説。バイデン大統領は「競争はするが紛争にはしない。新しい冷戦や分割された世界を望んでいない」と語る。習近平はこれに応じて「海外での石炭火発計画の停止」を宣言。

 246日目:924日 Huawei CFOの孟晩舟が中国に戻り、中国勾留中のカナダ人2人が解放される。カナダのトルドー首相は、北京との貿易関係を維持することに熱意。

924日 QUAD首脳会議。人類的・抽象的価値を謳い上げる。米中関係修復の煙幕の可能性。

258日目:106日 チューリッヒでサリバンと楊潔篪が会談。バイデン大統領と習主席が、年末までにオンライン会議を開くことに合意。

このあとネオコン系のブリンケンは対中交渉から外れ、サリバンが交渉の主役となる?(鈴木)

 274日目:1022日 米国の諜報当局が、人工知能・量子コンピュータ、バイオテクノロジー、半導体、自動制御システムの5つの技術分野で、米国の企業や研究機関と中国との交流に警告。

 278日目:1026日 イエレン財務長官と劉鶴副首相とのビデオ会談。マクロ経済政策のコミュニケーションと調整を強化することで合意。

 278日目:1026日 連邦通信委員会(FCC)は、中国最大の国営通信会社の米国内での営業許可を取り消し。

逆に、議会では、超党派での対中強硬論が強まる。バイデン政権の「変節」する勢力も出現。中国政府の補助金に対する通商法301条の適応を迫る動きも(大橋)

 293日目:1110日 米国と中国が、気候変動対策に関する共同宣言を発表。「気候に関しては、協力がこの仕事を成し遂げる唯一の方法」と述べる。

 298日目:1115日 バイデン大統領と習近平国家主席が、最初のビデオ会議。二国間関係、台湾への態度、コロナ問題、気候危機とエネルギー、北朝鮮・アフガンなど、3時間半以上にわたる。

 299日目:1116日 米中は互いのジャーナリストに対するビザ制限を緩和。

 314日目:122日 米国証券取引委員会、上場廃止措置に伴う規則を中国企業にも適用。

 318日目:126日 バイデン政権は人権問題を理由に、外交または公式の代表者を北京22冬季オリンピックとパラリンピックに派遣しないと 発表。
中国は「スポーツの政治化」に反対し、「断固たる対策」を講じる と述べる。

 

青空文庫を読む

「短歌習作」 宮本百合子
https://www.aozora.gr.jp/cards/000311/files/16010_30019.html


うすらさむき秋の暮方なげやりに
  氷をかめば悲の湧く
角砂糖のくずるゝ音をそときけば
  若き心はうす笑する

首人形遠き京なるおもちや屋の
  店より我にとつぎ出しかな
はにかみてうす笑する我よめは
  孔雀の羽かげ髷のみを出す

雨晴れし後の雨だれきゝてあれば
  かしらおのづとうなだるゝかな
夜々ごとに来し豆売りは来ずなりぬ
  妻めとりぬと人の云ひたり

ひな勇と我れ

あるまゝにうつす鏡のにくらしき
  片頬ふくれしかほをのぞけば
   ひな勇を思ひ出して
姉妹の様やと云はれ喜びし
  京の舞子のひな勇と我れ
紫陽花のあせそむる頃別れ来て
  迎へし秋のかなしかりしよ
たゞ一人はかなく逝きしひな勇は
  いまはのきはに我名呼びきと
我名をば呼びきと低うくり返せば
  まぶたのうらは熱くなり行く
思ひ出でゝひな勇はんと低うよべば
  白粉の香のにほふ心地す


習作 1913(大正2)年頃の執筆と推定される

百合子は1899年(明治32年)の生まれ。この歌集の執筆時は14歳となる。ということは彼女の12,13歳の心の流れだ。
最初の二種は、百合子の生活が庶民には想像もつかぬほど贅沢だったということ。
“助六の紅の襦袢” は観劇後の感想であろうか? 私には知識がなく受け止めきれない。

京人形が我がもとに “とつぐ” という発想は面白い。
しかもこれが、ひな勇への淡い恋心への伏線となっていて、ひな勇のイメージを隈取っている。 
ひな勇が鏡の中の自分の顔の向こうに登場する技巧は映画的だ。
ただし前後の螺鈿箱の歌は、あまりに映画的だ。なくもがなと思う。

たっぷりと伏線を張って、一気にひな勇のラメントへと引き込む技巧は、すでに大人のものだ。
それが、少女の稚さを残しながら乙女へと変わりゆく、心のゆらぎを捉えた。
そしてそれが、歌集という額縁の中に、見事に落とし込まれている。

DEC 9, 2021

The Straits Times

Tommy Koh

Singapore left out of summit

because US doesn't see it as a democracy

https://www.straitstimes.com/singapore/politics/spore-left-out-of-democracy-summit-because-us-doesnt-see-it-as-one-tommy-koh

 

はじめに

ベテラン外交官で元中米代理大使のTommy Koh氏の著書の出版記念講演会が開かれ、期せずして真剣な討論会となった。

「シンガポールから見た米国」を発表したトミー・コー元特使は、レクチャーのなかでこう語った。

 

コー氏の発言

シンガポールは、米国が招集した110カ国の民主主義サミットに招待されませんでした。

なぜなら、米国の民主党がシンガポール共和国を民主主義国として受け入れたことは一度もないからです。

まず、米国が都市国家という国家のあり方を軽視しているということです。

そしてもう一つは、この会議が当初から世界の分裂を前提した会議だということです。

2日間のバーチャル会議は、より自由で開かれた社会の推進にあったはずです。それを米国が推進しようという話だったのです。

しかし最初から中国とロシアは排除されていました。オブザーバーにすら招待されていません。

このような不寛容な自由とは一体何なのでしょうか。

中国とロシアは権威的で独裁的な国家と位置づけられ、いま、世界の民主主義の闘いが直面する敵と捉えられています。

しかし、そもそも、米国の国内では民主主義そのものが、さまざまな挑戦に直面しているではありませんか。

トランプ前大統領は、選挙での敗北を認めることを拒否しました。そして、1月にはトランプを支持する者がトランプの呼びかけを受けて連邦議会を襲撃しました。

 

マンスール米代理大使の釈明

講演の後のコメントをもとめられて、米代理大使ラフィク・マンスールは、「民主主義サミット」の目的について次のように述べている。

我々は世界的に民主主義を広げるつもりです。それは我が家(米国)でも始まることになるでしょう。

我々は非難を応酬するのではなく、取り組みや経験を交流したいと思います。なぜなら民主主義というのは、タフでハードな任務だからです。

コウ特使から不招致の理由を問われたマンスールは、「招待できる数は限られている」と答えた。

それは先週、米国国務次官補の東アジア太平洋問題担当ダニエル・クリテンブリンクが答えた中身を繰り返したものである。

そしてマンスールはこう付け加えた。

この決定は、米国とシンガポールとのパートナーシップの深さと広さを正しく反映したものではありません。民主主義についてシンガポールから学ぶことはたくさんあります。

 

 

米国擁護発言とコー教授の反論

元ニューヨークの国連常駐代表だった元外交官のカウシカン氏が、米国を弁護してフロア発言した。

米国はシンガポールを「共和国」としては招待しなかったが、その他の面では「大いに支持」しました。

しかし、コー教授はそれに反論した。

シンガポールは、

*選挙権の付与、自由で公正な選挙の定期的な実施、

*基本的な自由と権利を保護する憲法の制定、

*独立した司法および法の支配。

など、民主主義の基本的基準を完璧に満たしています。

留意すべきは、民主主義には単一のモデルはないということです。シンガポールの政治スタイルも、シンガポールならではのユニークな特徴を数多く備えています。

おそらく米国の目には、こうしたシンガポール・スタイルの民主主義は真の民主主義ではないと見えたたのではないでしょうか。

 

チャン教授のフロア発言

1996年から2012年にかけてシンガポールの駐米大使を務めたチャン教授は、次のように述べた。

民主主義サミットは明らかに良い考えではなく、招待された国のいくつかは眉をひそめる選択肢です。

米国は、中国とロシアの「人権侵害」とされるものに反対を表明しています。しかし、パキスタンやブラジルのような国々は、同様の批判に該当するにも関わらず招待されているのです。

 

コー教授の締めくくり発言

コー教授は、民主主義、人権、個人の自由を促進するという米国の主張の真意を理解する必要があると述べた。

多くのアメリカ人は、それがほとんど彼らの神聖な使命だと感じています。

これに関してはカウシカン氏も、コー教授に異議を唱えなかった。

アメリカ人は、彼らの魂を祝福します。それは発作的なものであり、彼らは定期的にこの発作を繰り返します。そして、そのことを知っている私たちは、これらの発作にもかかわらず、依然として彼らを愛しています。

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なお付け加えれば、日経新聞は以下のように注意喚起をしている。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN091ZW0Z01C21A2000000/

サミットには欧州の主要国や日本、韓国、インドに加えて台湾も参加する。中国が台湾への圧力を強めるなか、民主主義を守るためにも台湾を支援すべきだとする国際世論をつくる米国の思惑が透ける。

米政権は北大西洋条約機構(NATO)加盟国でありながら強権姿勢を強めるトルコやハンガリーを外した。タイやベトナム、シンガポールなども招いていない。招待の基準は曖昧で、招待国と非招待国で新しい分断が生まれる懸念もある。

さらにアジア総局長兼論説委員の高橋徹氏は以下のようにコメントしている。
民主主義サミットへの「参加資格」があるか否かを、米国が勝手に線引きしたことに違和感を覚えます。民主主義は米国の専売特許ではありませんし、サミット自体も何かを決める場ではありません。
招待する、しないではなく、目的とアジェンダを明確にしてオープンに参加を呼びかけ、出席の是非は各国に委ねた方がスマートだったのではないでしょうか。米国はアジア各国に対して「米中いずれかという踏み絵を迫ることはしない」と言っていますが、米国の方から選別をするなら同じことでは?稚拙に思えるやり方に、米外交の劣化を感じるのは私だけでしょうか。


マイケル・ハドソン
Life & Thought: An Autobiography
Interviews at Peking University
August 2018 


トロツキーの名付け子に生まれて

私はミネアポリスで生まれました。1930年代、そこは世界で唯一のトロツキストの都市でした。

私の両親はメキシコでレオン・トロツキーと一緒に働いていました。

私が3歳のとき、父はレーニンとマルクスの作品を棚に置いていました。そして1934年から1936年までのミネアポリスのゼネストの指導者の一人でした。

父は1929年にミネソタ大学でビジネスの修士号を取得して卒業しましたが、その直後に大不況が襲いました。

彼はラテンアメリカに行って億万長者にななるつもりでした。しかし資本主義は不公平でした。それが彼をトロツキストにしました。

彼は労働新聞、「北西の組織者」に入って活動をはじめました。そこには古いドイツ共産党のメンバーであるアメリカ人がいました。

そのことで、政治犯として刑務所に入れられました。わたしが3歳だったときです。刑務所仲間の人たちはロシア革命の古参で、レーニンが政権を握っていたときの中央委員会のメンバーでした。

父が刑務所を出たあと、私たちはシカゴに移り、そこで彼は「交通世界」紙と「運輸新聞」の編集の仕事に就きました。

私が成長するあいだ、彼らは皆、家に来て、革命の話をしてくれました。私がおとなになった時、革命を指導するように期待されました。

私は10代の頃から、「正しい革命の条件とは何か」などについて話し合いました。

しかし、当時私は、実のところ政治にはそれほど興味がなく、物理学、化学、そしてますます音楽に魅了されていました。


シカゴ大学の思い出

私はシカゴ大学に入学しました。そこは選ばれた才能のあることもが進む大学でした。

父のIQは、連邦刑務所の受刑者で最高のIQを持っていたと言われていました。「きっと子供も優秀だろう」と思われたのか、かなり飛び級をしました。14歳のときに、学年は高校1年でした。

高校の社会科学の教師は名だたる右翼のCurtisEdgettでした。彼は私をコミーと呼び続けました。

彼は教室の黒板に「ローゼンバーグの獲物を全部差し出せ」と書いた。ローゼンバーグはスターリンのスパイでした。「どういう意味ですか?共産主義者という意味ですか?」私は聞いた。彼は言った。「いいえ、ユダヤ人の意味です」
(ローゼンバーグはユダヤ系米国人。原爆の秘密をソ連に漏らしたとの疑いで処刑される)

まあ、彼は共産主義者である私をスターリン主義者と呼ぶかもしれない。しかし、同級生であるダニー・ランダウはスターリン主義者だったので、彼は私をファシストと呼びました。

だから高校では、私は常識的な“中道派”でした。それは私の人生の中で私が中道派だった唯一の時です。

友達と私は教室でレーニンの著作を隣の机において、引用するのが常でした。

私の父が刑務所にいたとき、彼がしたことの1つは、レーニンとトロツキーがさまざまな主題について言ったことすべてを、辞書のかたちに編集することでした。

教授たちはレーニンがどこでそれを言ったのかを聞きます。そして私は私は手を挙げて、第6巻の322ページと言います。私の学生はまだそこにはいません。

私が右翼に嫌われるのが好きなのは、そのためにたくさんの友達ができたからです。スターリン主義者が私をファシストと呼び、ファシストが私を共産主義者と呼んでいる間、私はシカゴの社会主義青年グループに多くのメンバーを結集ました。


音楽家を目指す

当時は音楽に興味があり、ピアノを学び、基本的に指揮者になることを目指しました。

1959年にシカゴ大学では、文献学とドイツ文化史を専攻していました。しかし在学中は、ドイツの音楽理論家ハインリヒ・シェンカーを中心に音楽理論を勉強していました。

1960年にレフ・トロツキーの未亡人ナタリアが亡くなったとき、私はトロツキーの名付け子だったので、遺言執行人マックス・シャハトマンが私に著作権を割り当てた。かれは私に出版社をやるべきだと言った。

私はハンガリーの文芸評論家であるジョルジュ・ルカーチと連絡を取り、彼は著作権を与えてくれた。

私はニューヨークにでて、出版社を始めようと思いました。その間にニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団の指揮者ディミトリ・ミトロプーロスに指揮を勉強しようと考えました。

第一部終わり 

BY BRINDA KARAT

インド農民の勝利の教訓:人民が団結すれば勝利できる

なお、著者ブリンダ・カラットは、インド共産党(マルクス主義)の政治局員で、全インド民主女性協会の指導者である。



以下は抜粋です。

農民闘争勝利の意義

モディ政権が提出した3つの農業関連法案はついに撤回された。それはインド農民の歴史的な勝利である。それは政治における大衆闘争の重要性を象徴している。

「統一農民戦線」(SKM)が指導した農民闘争は政府を防戦一方に追い込み、闘争は全国に張り巡らされたBJPの支配とBJP政府に対する全面的な闘争に発展した。

BJP (Bharatiya Janata Party インド人民党) はインドの政権与党。モディが党首兼首相。ヒンズー教原理主義を党是とし他宗教や社会主義への嫌悪を隠さない。デマにより仮想敵を作り出し、脅迫的手法(ときに暴力)で政敵を追い込むことで、議会多数派を形成した。

BJPが加えた「Lakhimpur Kheriの残虐」は8人の犠牲者を出したが、それはBJPの残忍さの象徴であるだけではなく、農民運動の強さの象徴でもあった。

大企業の立場に立ち、新自由主義を推進する勢力と人民勢力の力関係を考えた場合、変革の引き金として(議会闘争だけではなく)このような大衆闘争がますます重要になってくる。

とくにインド共産党(CPI-M)を中心とする左翼勢力は、農業と農民の苦悩に寄り添い、問題に対処し、変革のビジョンを提示することを通じて、一貫して中心に立ってきた。

       農法が廃止されたというニュースを祝う

他の野党は、それ以前の立場に関係なく、農民の要求と闘いを支持するようになった。大衆闘争が政治を動かすだけではなく、政治戦線を動かすことになった。

今回の農民運動の最大の特徴は、出身階層によって差別化されていないことである。共産党系の農民戦線である「全インド農民組合」へ、貧農・農業労働者の組合などが結集し、さらに一般労働者の組合が連帯して闘った。

その闘いに、これまでモディ政権の支持基盤となっていた中農・富農の人々も結集するようになった。


市場システム導入の挫折

農業が成り立っていくためには、多くの食料が生産されなければならない。

そのためには十分な広さの土地、種子や肥料などの生産原料、貯蔵・運輸などをふくむ市場へのアクセス、そして天候に左右されない最低支援価格制度が必要である。

しかし貧農の大部分はそれらの恩恵とは無縁となっている。

モディ政権は歴代政府の農業保護政策を切り捨て、農業協同組合システムを放棄し、アグリビジネスにこれらの管理・運営を委ねようとした。

しかしこのような農民を分割と、企業による支配の試みは完璧な失敗に終わった。今後、広範な貧農層の不安や要求は、農民統一戦線によって解決の方向が示され、包括的に対処されていくだろう。


農村女性の果たした役割

この農民闘争は、農村女性の解放闘争でもあった。女性たちの闘争は、女性が「自立した農民」であり、「働く女性」であることの認識を高めた。女性が闘争を支え、闘争が女性を後押しした。


    ハイデラバード警察により拘束されるCPI(M)活動家

北部の農村では、「長老会議」のメンバーになる経験さえ生まれた。

これらは、大衆闘争政治の土壌で育った緑の芽である。しかしまだ芽に過ぎない。それは今後の大衆闘争の政治力が強化されることでによってのみ真の力となっていくであろう。


モディ政権の行った空前の弾圧

モディ首相は敗北を認めたが、間違いを認めたわけではない。彼の演説には謝罪や後悔の言葉はない。モディ政権は農民に、テロリスト、裏切り者、破壊者、嘘つき、犯罪者などさまざまなレッテルを貼りつけた。

内閣の閣僚の一人は、ラキンプルケリの虐殺に関与している。彼らは機会が与えられれば、再び法を推進しようとしている。


闘いのもう一つの課題: 最低価格保障

統一農民戦線は闘いのもう一つの課題、すなわち「農産物の最低支援価格の法的保証」た実現するまでは戦いを続けると宣言している。

さらに他にも、いくつかの重要な争点が残されている。

BJPにとっては残念なことだが、今回のモディ声明によって、来たるべき総選挙で農業問題が争点から外れることは期待できないだろう。


BJPの巻き返し

それでもBJPは総選挙に向けて、有毒な民族的・宗教的スローガンを叫び始めた。

「愛のジハード」キャンペーンは、イスラム教徒がヒンズー教徒の女性と結婚して改宗させるというフェイク作戦である。ほかにも「牛虐殺に反対するキャンペーン」や、警察にイスラム教徒を自由に逮捕する権利を与える動きなどだ。

宗教コミュニティや被差別カーストの抵抗は続くが、いまのところ分裂キャンペーンへの反応は鈍い。

BJPは農民の要求を受け入れることで反感を反らせ、得意技の分裂キャンペーンで失地回復を狙っている。

モディ発言は、農業法の断念ではなく選挙を前にした一時的休戦の可能性があり、今後とも注意を怠ることは許されない。


BJPの階級的性格

BJPはそもそも農民票など当てにしていない。そんなことをしなくても議会で過半数を維持できる。

それどころか、BJPはそもそも農民や労働者と敵対することを活動の柱に据えていた。農民の指導者は非国民と罵られた。

ダーリットや都市の下層カーストの人々は「都市ナクサライト」(毛沢東主治を唱えるテロリスト)と呼ばれ、投獄された。


今後の闘いの展望

インドの農民・労働者は、彼らの勇気と団結で、独裁政権の機能を止め、独裁政権を打ち負かすことができることを示した。

農民運動の勝利は、もっと広い意義を持つ。

それは、私たちの憲法に謳われている正義と民主主義と世俗主義の価値を確認し、真理の側にいるすべての人々に自信をもたらすであろう。





この記事は2021年11月29日 Africa Japan Forum の記事の転載です。

南アとオミクロン株の関連については、非常に不正確に報道されているので、ぜひ拡散してください。

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「パンデミック条約」の討議にも負のインパクトを与える可能性

オミクロン株の登場でパニックに陥る各国の在り方を批判

11月中旬に南部アフリカで判明した変異株について、世界保健機関(WHO)は26日、これを「懸念すべき変異株」(VOC)に分類し、「オミクロン」と命名した。

各国はデルタ株の記憶もあって一斉に南部アフリカ諸国への渡航制限を相次いで発表した。

南アフリカ共和国の国際関係・協力省(外務省)は声明を発表し、新たな変異株の登場に対する各国の姿勢を厳しく批判した。

普段から変異株に注目し、積極的に遺伝子解析を行って、WHOの「国際保健規則」に忠実に透明性をもって世界に通知した南アフリカ共和国が、各国の支援を得られるどころか、国際航空網を断絶される結果となったことは、この「パンデミック条約」に関する議論にも大きな悪影響を与える可能性がある。

南アの専門家も欧州諸国の態度に懸念

WHOの保健緊急プログラムの責任者であるマイケル・ライアン氏は、安易に渡航制限を施行しないように各国に警告した。

そして各国のパニック的な渡航制限の実施を「条件反射的反応」(Knee-jerk reaction)と呼び、批判した。

南ア外務省はライアン氏の発言を引用し、「今回の各国の渡航禁止措置は、先進的なゲノム配列解析を行い、新たな変異株をいち早く検出してきた南アフリカ共和国に処罰を与えるようなものだ」と批判している。

また、今回のゲノム解析を行ったナタール大学感染症対応センターのオリベイラ教授は、「世界は南アとアフリカに支援を与えるべきで、差別したり孤立に追い込んではならない」と述べた。

その上で、「南アフリカ共和国は科学情報についてきわめて透明性を持って対応している。我々は世界を守るために、大規模な差別に痛めつけられる可能性があるにもかかわらず、こうした通知を行っている」と述べた。

WHOが所管する法的拘束力を有する条約には2つあり、そのうち一つが「国際保健規則」である。同規則では、公衆衛生上の懸念ある事態について、アセスメントした後すみやかにWHOに通報することを義務付けている。

今回、WHOの臨時の世界保健総会で検討されるのは、パンデミックに関して、この国際保健規則よりさらに包括的な条約を制定することである。

臨時世界保健総会では、「次のパンデミック」に関する、通知などを含めた備えの話を粛々と行うことになっている。しかし各国のパニック的対応を見た多くの国は、「こうした国際規則上の通報義務を履行しなくなるのではないか」、とオリベイラ氏は懸念する。

南アフリカ共和国は、COVID-19パンデミックが始まった時から、グローバルなCOVID-19対策についてリーダーシップを発揮してきている。南アは、2020年4月に発足した「ACTアクセラレーター」計画の共同議長を務めている。これはワクチン、診断、治療における開発と供給を一体で手掛ける国際的な行動計画である。

また、インドとともに世界貿易機関(WTO)に知的財産権保護免除提案を提出している。これは、まだ実現はしていないものの、各地域で生産能力の拡大プログラムが徐々に広がってきている。

一方、南部アフリカへの渡航制限を行った欧州の先進国は、ワクチンを独占し、南アを含む途上国との間に「ワクチン・アパルトヘイト」ともいうべき格差を生み出した。もしこのギャップがなく、途上国にも公平に医薬品が供給されていれば、「オミクロン株」やデルタ株のような変異は生じなかった可能性がある。

ボツワナでも保健省が声明発表:感染は外国からのミッション

一方、オミクロン株が最初に検出された南部アフリカのボツワナの保健省も、ボツワナにおける同株の展開について声明を出している。

これによると、もともとオミクロン株が最初に検出されたのは、ボツワナ国民ではなく、外交ミッションで訪問した4名の外国人外交官であった。その後、同保健省は濃厚接触者の追跡を行ったが、同株に感染した人はいなかった。


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鈴木(編集者)のブログの下記の記事もご参照ください。






カストロの勝利は、もうひとつのLA左翼の勝利

https://venezuelanalysis.com/news/15399

121日 ベネズエラ・アナリシス

ホンジュラス大統領選挙でシオマラ・カストロが圧勝した。左派自由党は12年間の国民党支配にとどめ
をさした。(正式な発音はンドゥラス)

シオマラ・カストロは、中米における初の女性大統領となった。対抗馬であった国民党のアスフーラに20ポイント近い差をつけての圧勝であった。

前回選挙では保守派の勝利をゴリ押しした与党も米国も、これだけの差を認めないわけには行かなかった。




ベネズエラのマドゥーロ大統領
はカストロを祝福する声明を発表した。

これは歴史的な勝利です。とりわけ、2009年のマヌエル・セラヤ前大統領に対する野蛮なクーデター以来、声を上げ続けた英雄と殉教者の命と犠牲を称えたいと思います。
クーデターの後、この地を覆い続けたのは、自分勝手なネオリベラリズムの経済でした。国民の要求を無視し、政治的自由と基本的な人権を蹂躙するシステムでした。

 カストロの政治姿勢

新大統領となったシオマラ・カストロは他の中米諸国の指導者とは対照的だ。

反ベネズエラの合唱の輪に加わるどころか、マドゥーロの祝福に率直に感謝し、ボリバル革命への共感を隠そうともしない。

なぜなら、彼女はベネズエラやキューバ、ニカラグアをふくむ進歩同盟に加わり、そのために軍事クーデターで追放されたマヌエル・セラヤ元大統領の伴侶でもあるからだ。

左派自由党の国際担当書記ジェラルド・トーレスはBBCにこう語った。

セラヤ元大統領を追い出した後、政権についた保守党のフアン・オルランド・エルナンデス大統領は、フアン・グアイドをベネズエラ大統領として推挙しましたが、新政権はもうグアイドを大統領として認めることはないでしょう。

中米の左翼勢力の三連勝

ほぼ同時に行われたベネズエラの地方選挙では、与党ベネズエラ統一社会主義党が圧勝した。ニカラグアの国政選挙ではダニエル・オルテガが再選を果たした。

ホンジュラスにおける自由党の勝利は、西半球の左翼にとってさらにもう一つの勝利を意味する。

(私感:これらの圧倒的な民意を西側のメディアや市民勢力は黙殺し、「人権の名において」左翼勢力を非難し続けるのだろうか。もしそうなら、それは強烈なしっぺ返しとなって報復するだろう)


Right-wing Venezuelan invited to so-called democracy summit in U.S.
December 2, 2021

  マスコミに語る右翼代表のフアン・グアイド(11月22日 カラカス)

バイデンの「民主主義サミット」

バイデン大統領は米政府主催の「民主主義サミット」に、ベネズエラ野党極右派のフアン・グアイドを招待すると発表した。

百カ国以上を招待した2日間の首脳会議は、広範な批判の的となっている。
ポーランド、フィリピン、インドが招待された一方、ロシア、トルコ、中国は出席を禁じられという、異例の構成となっているからだ。

北京政府は、台湾政府が招待されたことに対して衝撃を受けた。そしてワシントンの中国に対する新たな冷戦のステップと受け止めた。

中国は米国が独立国家として認めていない台湾を招待することを「間違った決定」と批判した。そして国交回復二の「一つの中国」という原則を尊重するようワシントンにもとめた。

多くの批評家は、グアイド氏の招待もまた、首脳会議の信頼性を損なう可能性があると眉をひそめました。


グアイド氏の非民主主義的な素性

というのも、グアイド氏の政治的背景は不確かで、あまり良い評判がないからだ。

彼は、トランプとバイデンの両政権によってベネズエラの暫定指導者として認められている。

しかし彼はこれまでの6年間、一度も大統領選挙に立候補したことがなく、そもそも6年以上にわたって選挙に参加したことさえない。

その代わり、グアイド氏は何度もクーデターの企てにかかわっており、それらはいずれも失敗に終わっている。

また2019年には、ベネズエラの現大統領ニコラス・マドゥロの誘拐作戦にも関係していたことが明らかになっている。

これは米国の傭兵部隊による秘密作戦で、大統領の誘拐・殺害を狙ったものとされ、グアイドが命令文書に署名したと言われている。


米国に従えば「民主」、従わなければ「制裁」

先週末のブルームバーグ紙の記事は「民主主義サミット」についてこう説明している。

「世界の多少なりともリベラルな国々がアメリカ主導の同盟を結んで、権威主義勢力に対抗する集会」

バイデンは「民主主義と独裁政治の間の世界的な闘争」について語った。そしてロシアと中国に対する敵対的な姿勢をさらに強め、他国の支持を集めようとしている。



EV開発競争はジャンプのルール改正と同じ

私はトヨタ自動車の社長とまったく同じ見解だ(嬉しくはないが)。EV唯一強制はヨーロッパの陰謀であり、気候変動とは無関係だ。

ハイブリッドとEVと比べてどちらがCO2減少に有効かは計算しないとわからない。

はっきりしているのは電源がどのくらい脱カーボンかどうかである。

たしかにEV優位説は、脱カーボンが6,7割を越えれば正しいものとなる。つまり電源構成により決まるのであって、走行エネルギー源によって決まるのではないということだ。

だから、いまの日本においてはまったく無意味な、それどころか真逆の選択なのだ。

この辺の数字は記事により相当の差があり、なんとも言えない
わかりやすい記事としては、
というもので、「CAR and DRIVER」という雑誌からDIAMOND Online が転載したもの。

それを押し付けるのは風力先進国のヨーロッパであり、それをテコに日本車を駆逐しようとしているだけの話だ。

それは、かつてスキーのジャンプのルールをめぐって繰り返されてきた欧州の身勝手さと同じ論理だ。


最初のルール「改正」

最初にヨーロッパ勢が身勝手なルール改正を押し付けたのは、1998年の長野オリンピックの後だ。

スキー板の長さが、これまでの「身長+最大80cm」から「身長の146%」と変更された。

細かい数字はどうでも良いが、身長170cm の選手の板長は2センチ短くなり、185センチの人は5センチ長くなった。それでなくても身長の高い人のほうが有利な競技だが、さらに15センチ+2センチ+5センチ=22センチも有利になったわけだ。

もし北欧の人々の身長が日本人より低かったら同じことをしただろうか。

これでジャンプ王国日本は奈落の底に突き落とされたが、そこから少しづつ立ち直ってきた。

ヨーロッパの自動車業界はそれと同じことをやろうというのだ。こういうのを「経済外的強制」という。


ペナルティの押し付け先が間違っている

とはいえ、たしかに風力のほうがいいのは間違いないから、平等を期すためにペナルティを課すというのは理解できる。

しかしもしペネルティを課すのなら、それは電力構成に関してのペナルティであるべきで、ハイブリッド車に責任を押し付けるのは不当というほかない。

とくに途上国や新興国に対しては立ち上げコスト、ランニングコストを考えれば、ハイブリット車による節電こそ当面推進すべきイノベーションである。

もちろん未来永劫というわけではないが、風力や日光に恵まれない国などではぜひとも真剣に考えるべきイノベーションであろうかと思う。


化石燃料は悪者ではなく、御先祖が残してくれた大事な遺産

それと炭素悪者論であるが、化石燃料は先祖の生命が我々に残してくれた、貴重な遺産でもある。これを食いつぶすのではなく大事に使い、自らも次世代に残していくことが先祖への供養でもある。

そういう考えを持って議論を進めていく必要があるのではないだろうか。

それを真っ先切って散々使って、地球を汚しておきながら、いまさらしゃあしゃあと御託を並べて、人を人非人のごとくに罵る。
その裏では欲の皮つっぱらかして、舌なめずりしながらそろばんを弾く、こいつはどういう料簡か。

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